2009年11月13日

カラヤンのマーラー:交響曲第9番(スタジオ録音の旧盤)


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



生涯で唯一バーンスタインがベルリン・フィルを振った、あの"事件"(1979年10月)のすぐ後に、同演目で録音されたのが、本盤である。

録音は翌年の9月まで実に3回にも及び、あたかも強烈なバーンスタインの臭気を一掃し、自らの美学を徹底させるような入念さを印象づける。

とどめはライヴによる再録音(82年)!

こうした同作品へのこだわり(対抗意識?)を反映してか、演奏はまさにバーンスタインとは対極にあり、カラヤンは、きわめて純粋な音の建造物を作っている。

デュナーミクの振幅と表情が大きく、巨匠的で、しかも尖鋭である。

演奏としてはこの上なく磨かれているのだが、意外に共感に乏しい感がある。

常にオーケストラの豊麗さを保ちながら、精緻な造型を鮮明に浮かび上がらせるのみならず、マーラーの毒やアクをきれいさっぱり洗い流し、何か天上的な至福に満ちた世界を描き出すようだ(終楽章)。

美しすぎるマーラーだ。

シェーンベルクの「浄められた夜」は、弦楽合奏による演奏。

すこぶる精緻にまとめあげた演奏で、ベルリン・フィルの弦楽器群の絶妙な合奏力が断然光っている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 04:40コメント(2)トラックバック(0)マーラー | カラヤン 

トラックバックURL

コメント一覧

1. Posted by gkrsnama   2009年11月13日 07:07
この曲はね、新ウィーン学派につながるマーラーじゃなくて別の顔、復調のはしりみたいなものが聴けるって思っている(12音のハシリが聴けるのはブルックナーの9番)。そっちの方に耳がいって、演奏なんかもうどうでもいいって感じです。

マーラーは苦手なんですよ。抵抗なく耳に入るのは、(福島彰氏=精神科医が)統合失調症の危険といった巨人かこの曲。あと6番だけ。(ただし、フーガをきちんと演奏しているセルに限りませす。たとえば、ラトルやショルティなんか全然だめ。)

どの曲もにたような第一楽章が付いていて同じように始まって、あの辺からもう鳥肌。復活の終楽章なんて大げさでケロケロ笑ってしまいます。

ブルックナーも同じかって。確かにそうですがね。でもブルックナーとは熱愛関係なんですがねえ。
2. Posted by 和田   2009年11月13日 15:23
伝統的な西洋の音楽が作曲家の明確な表現意識に支えられた合理的な音楽とするなら、マーラーの音楽は無意識のうちに展開される夢の世界のような音楽であるといってもよいでしょう。

夢の中にはわれわれの見知った人物が登場し、一見実在の世界が展開されるようでありながら、そこにはまともなストーリーはなく、統一性というものは全く存在しません。

突然タイムスリップして子供の頃に帰ってしまい、それにもかかわらず現在の知り合いが出演しているなどということが日常茶飯事に起こっている世界なのです。

しかし、決してバラバラな出来事の集積ではなく、それぞれの人物や出来事はほとんどが見知ったものであり、それらが緊密な統一性によってではないですが、多様な連想関係によってゆるくつながれています。

だから統一性がなくてもわれわれは奇妙にリアルで鮮烈な印象を抱き、そこで昼間の意識のもとでは体験できないようなわくわくするような体験を味わうのです。

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ