2010年01月28日

クリップス/コンダクツ・モーツァルト


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モーツァルトの宝石箱だ。ため息の止まらない美しい演奏だ。

目隠しをして聴いたら、誰もがウィーン・フィルの音と思ってしまうだろう。典雅なこと極まりない。

何をもって典雅かというと、弦のアタックの柔らかさである。

いつ音が出始めたのか分からないような柔和なアタックなのだけれど、そこに子音らしきものは厳然としてある。

こうしたウィーン訛りを、ウィーン子であるクリップスが、コンセルトヘボウ管弦楽団に伝授しているのである。

「ジュピター」のフィナーレは、ソナタ形式の中に対位法が駆使されている楽章なので、こんな柔和な音楽では演奏の骨組みが弱くなるのでは、と心配していたが、まったくの杞憂に終わった。

ホルンのアクセントや、おどけたファゴットが味わい深く、まるで桃源郷に迷い込んだような美の世界だったのである。

どこをとっても最高の音楽、最高の教養がこのセットには溢れている。

このセットを座右に置き、すべてのフレーズのイントネーションを調べたり、どんなニュアンスのアクセントが置かれるのかを感じたり、主旋律と対旋律のバランスはどうか、適切なテンポとは何か、緩徐楽章とメヌエットのリズム感覚の違いは、等々を研究するだけで、4年間音楽大学に通う以上の知識が得られるに違いない。

しかし、そんなことを一切考えず、ただただ美しいモーツァルトの音楽に浸ることは、いっそう幸福なことだろう。

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classicalmusic at 18:49コメント(13)トラックバック(0)モーツァルト | クリップス 

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コメント一覧

1. Posted by 水口   2010年01月28日 20:34
4 お久しぶりです。トラックバック送信いただきありがとうございます。
僕もクリップスの大人の音楽は大好きです。おっしゃるとおり、彼のこの上品な表現方法、楽章間のバランス感覚を習得しようとすることは価値あることだと思います。
モーツァルトも良いのですが、余裕たっぷりのハイドンも素敵ですよね。スタイルは異なっても、理想的なハイドンの姿を聞かせてくれています。ハイドンの演奏スタイルを研究している時にとても勉強になりました。もっともっとハイドンも残して欲しかった!そんな思いです。
2. Posted by 和田   2010年01月28日 21:31
水口さん、コメントありがとうございます。
クリップスの指揮ぶりはまことにエレガントで、ウィーン・フィルととりわけ相性がよかったですね。
ハイドンでは、とくに「99番」がすばらしく、その典雅な楽想やチャーミングな音色美をクリップス以上に生かし得た指揮者は一人もいません。
またのコメントをお待ちしております。
3. Posted by Kasshini   2015年02月04日 16:18
このコンビの第41番フィナーレをかれこれ2時間以上聞いています。
昔、ピンとこなかった演奏ですが、今聴くと印象が全然異なります。
ヴァルターは、とりわけ低弦を歌わせぬくこととと晩年はスローテンポになることで、優美な印象を与えもしますが、この演奏は、何も知らなければヴィーンフィルにしか聴こえない、典雅・優雅な音色で満たされ、セル・クリーヴランドでもそう感じられなくもないオルガントーンが、本家顔負けという状態。ヴァルター、晩年のブリュッヘンも幾分近づいていますが、その点ではクリップスに劣ります。
セルのように、縦横斜め、完璧なアンサンブルで爆演ではありませんが、メロディも歌い抜き、音色も前に出ることで、不思議と対位法的処理も際立ってきます。セルが移植したかったものはこういうものではと思えてきます。グールドが気に入ったのはそういうところなのだと思います。優美にしてさりげなく力強く、この曲の中でも最も雄大な演奏の一つだと思います。中庸かつ自然なために、この演奏の官能性、ポリフォニズムに気付きませんでしたが、今思うと凄いです。完璧なアンサンブルかつ爆演、ユニテルのベーム、そしてセルがいますが、ヴァルター、ブリュッヘンと近くて異なるより玄人な演奏に思えてきました。ヴァルターをも包含した晩年のブリュッヘンでも未踏峰といえそうな名演。ヴィーンでは大人気だったそうですが、保守的ながら、彼らの耳の良さに私はまだまだと改めて思います。
4. Posted by 和田   2015年02月04日 17:07
クリップスは生粋のウィーン子であり、第2次大戦後ウィーン楽界の再建に尽力したことで名高いですが、早大F研の先輩による裏情報をひとつ。
クリップスは近代都市ウィーンで、他人に翻弄された人生を送った人でした。
1902年、ウィーンに生まれたクリップスは1933年ウィーン国立歌劇場の楽長となりましたが、1938年のドイツによるオーストリア併合と同時にその職を追われます。
戦後の数年間はウィーンで活躍できる一流指揮者は彼一人であったため、ウィーン国立歌劇場を中心にめざましい活躍ぶりを見せましたが、他の指揮者が復帰してきたり、国立歌劇場での内部紛争に巻き込まれたりしたこともあり、その存在は薄れていきました。
デッカの名プロデューサー、ジョン・カルショウの回想記にクリップスとおぼしきウィーンの指揮者が出てきます。その指揮者とカルショウがウィーンの街を散歩していると、旧オーストリア皇帝、フランツ・ヨーゼフの銅像の前に出て、指揮者はその像を見上げると、子供のころに見たこの白髭の老帝の温雅な人柄と寛大さをほめたたえました。ところが突然わっと泣き出し、一転、カラヤンの過去の所行を激しく非難しはじめました。カルショウは茫然と見つめるだけだったといいます。この話は1958年のことらしいです。
このエピソードを知って、クリップスの演奏からは、雄大な自然も孤独な魂も連想しません。あくまでも「社会の中における人間」というものを感じてしまうのです。
5. Posted by Kasshini   2015年02月05日 12:06
クリップスの演奏は、晩年のヴァルター ステレオ録音に通じるものがあるように思えるのは気のせいでしょうか。クリップスは、第41番フィナーレ コーダで試みた改変はしていません。
その上で言えば、ゆったりとしたテンポ、メロディーの歌わせ方、ピラミッド型の音のバランスなどどことなく、近いものを感じます。
クリップスは、どこに行っても、ヴィーン訛りを押し通した結果の典雅さであったり、結果として木管楽器も調和を保ちながらくっきりと浮かび上がり、グールドもうなるほどの対位法の伽藍を浮かび上がらせるといった離れ業をしているわけですが。
クリップス自身、「モーツァルトならこうするに違いない」と指揮していたとクリップスは、ヴァルター、ベームらと並ぶ、20世紀最高のモーツァルト解釈者の1人に思えてきます。私自身は、ゆっくりなテンポが必ずしも理解できているわけではなく、これから聴きこもうと思っています。 
6. Posted by 和田   2015年02月05日 15:54
クリップスのモーツァルト演奏について感じることが2つあります。
1つは、彼の演奏は極めて自然に、無作為に聴こえますが、その実、彼は自らの表現に対して非常に自覚的であるということです。
当初は、即興的な自由さを持った演奏をする演奏家と感じていましたが、勢いに任せて推進力だけを武器に、無自覚に演奏するようなところは一箇所もなく、1音1音、1小節1小節に明確な意味づけがなされています。
もう1つは、控えめな表現をしているのに、リスナーの内面に大きな効果をもたらすということです。
彼の演奏は特に推進力に富んでいるというわけでなく、ダイナミックレンジも狭いし、ニュアンスは細かいけれども、色彩的でなく、絵画に例えるとパステル画や水墨画のように単色で、濃淡のみで表現を行っているように感じられます。
なのにドラマティックです。
その音色はメリハリはありますが上品でほの暗く、ドラマティックとはいっても、そのドラマは現在進行形のものではなく、回想の中のものであるかのようです。
7. Posted by Kasshini   2015年02月17日 10:49
さて、あれから、タワレコ復刻版を手に入れて聴きました。
モダン演奏では、すでにベーム、ヴァルターのデータを削除するに至っています。
そのテンポとアンサンブルが好みなセルは、第41番と33番のみデータを残しています。吉田秀和氏は、33番ならクリップス推しでしたが、私にはセルのテンポが軽快で心地良いので残してあります。それ以外は、クリップスの方が好みですが。
クリップスは、その穏やかさから自然体はもちろんのこと、自由に任せているのではと聴こえるようで、現場の叩き上げの異名にふさわしく、自分の好きな訛りに変える達人という印象です。性格に関しては、ヒューマニストであると同時に、ジョン・カルショウが書かれた一面もあったでしょう。ヴィーンフィルにいじめられたエピソードもあるようですし。私はクリップスの演奏で感じるのは、宇宙を含めた雄大な自然、時には人に認められたいという衝動に駆られたり自慢話に走りがちなお人好しな老人を感じます。ゆえに「社会の中における人間」を感じもします。この演奏は。モーツァルトなら優美に演奏するに違いないと押し通したものに思えてきます。モーツァルトならこう演奏するを他の作曲家でも押し通したようですね。
8. Posted by 和田   2015年02月17日 13:18
そうともとれますが、クリップスがウィーン・フィルと遺したチャイコフスキーの第5番は、モーツァルトとは違った一面を見せてくれてます。
ウィーン・フィルの美感と音の輝きを最大限に発揮させているので、あたかもR.シュトラウスを聴いているような気分にさせられます。
第3楽章ワルツのデリケートなエレガンスは彼のモーツァルト演奏を想起させますが、両端楽章の彫りの深い、光彩陸離たる表現は、つねづねのクリップスとは思えないくらい凄絶な迫力に満ちていて興味深いものがあります。
9. Posted by Kasshini   2015年02月19日 13:22
Youtubeに音源があったので、聴きました。
https://www.youtube.com/watch?v=77GS8xfVv_w
基本的には、やはり優美で、カラヤンを音響派と批判したようですが、カラヤン風の音のドラマ構築とは違いますね。クライマックスの引っ張り方が私には、合わなかったのか、カラヤン指揮ヴィーンフィルは、一時期図書館から借りて、結局容量不足に悩んでいた時に、削除するに至っています。音のドラマの構築が、情に振りすぎていると感じているからでしょうか。アンサンブルは、カラヤンの方が上手に感じます。私は、情は、優美さだけにしてというタイプなのかもしれません。
しかし、第2楽章のクライマックスのトランペットは、割らさないかつスパイスくらいのビブラードに抑えたムラヴィンスキーに聴こえるところが惹かれますね。録音だとヴィーンフィルといえどトランペットは痛くなりやすいところも、本来の柔らかさを湛えている点も、素晴らしいです。ホルン・ソロでのヴィーン訛り全開ぶり、輝かしい両端楽章とチャイコフスキーの交響曲で、一目ぼれは初めてです。私の好きな演奏スタイルだなと思えてきます。このままNYフィル、クリップスのブル8,9の爆演のCD-Rにまで手を伸ばしそうな勢いです。
10. Posted by 和田   2015年02月19日 21:42
気に入ってもらえたようで何よりです。
クリップスのブルックナーがあるんですか!?
それは興味深いですね。ぜひ聴いてみなくては!
しかしYou Tubeでは見つからないので、そのCD-Rは石丸電気にしかないのですかね?
11. Posted by Kasshini   2015年02月20日 13:00
ライブCD-Rでは知っている人が、ブロ友ではいましたが、爆演堂というサイトですね。ここのものと思われるものが、ヤフオクで流れ込んでもいるようです。
http://www.bakuendo.com/musician/krips.html
Yooutubeで挙がっている、セル・ヴィーンフィルのベートーヴェン第九や、ヴァント・ヴィーンPOのブル8とか、びっくりする組み合わせが流れ込んでいるようです。
クリップスのブル8は、NYPと、ブレゲンツ音楽祭の2つあるようです。オケを考えるとNYPがねらい目でしょうか。このウィーンPOは、ブレゲンツ音楽祭なので、ヴィーン交響楽団に思えてくるのですが。買う場合、問い合わせた方がいいかもしれないですね。私自身、問い合わせをしてから買うと思います。
youtubeで聴けた音源だと、セル、ヴィーンフィルのベートーヴェン第九は素晴らしかったですね。途中から脱線してしまいすみません。
12. Posted by Kasshini   2015年02月20日 13:03
書き忘れていましたが、チューリッヒ・トーンハレのチャイコフスキー交響曲第6番も、レコードであれば中古で手に入るようですね。レーザーピックアップ、96kHz24Bit録音できる環境両方揃えないと、本領発揮できないのが何ともですが、興味がわいてきますね。ああ、置く場所もない。
13. Posted by 和田   2015年02月20日 19:47
脱線されたついでに(笑)。
ヴァントとウィーン・フィルの共演と言えば、バックハウスとのシューマンのピアノ協奏曲以来途絶えていたと勝手に思い込んでいたのですが、ご指摘の爆演堂というサイトを調べてみたら、1985.8.6のブル8ライヴの記載が確かにありますね。
ヴァントとウィーン・フィルの関係はあまり芳しくなかったという話もありますし、ヴァントは晩年ウィーン・フィルとの共演を断り続けたというエピソードがあったので驚きです。別に海賊盤に対する偏見はなく、非常に興味津々です。
しかし個人的にはこのCD-Rを4200円払ってまで購入するというのは躊躇します。ベルリン・フィル、ミュンヘン・フィル、北ドイツ放送響で充分に満足しているので。
でもオケがウィーン・フィルとなると、やっぱいつかは入手して聴いてみたいですね!

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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