2010年02月27日

ヴァントのベートーヴェン:交響曲第1番&第2番(1997&99年ライヴ)


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1990年代に入ってからのヴァントには目を見張るものがある。

2曲とも近来稀にみるすばらしいベートーヴェンではないだろうか。

そのすばらしさは一言で言えば虚心坦懐の芸であり、自分を虚しくして作品に奉仕し、演奏という行為に客観的情熱と経験の豊かさを注ぎ込んでいる点にあろう。

結果としての演奏は虚飾からも演出からも遠い作品そのものの姿を見せるものとなるが、その姿はまたなんと輝かしく、清冽な喜びに満ちあふれていることだろうか。

若き日の作曲者の生命の鼓動を聴く演奏と言いたい。

第1番は1986年の録音には存在した荒々しいまでの力強さはここでは影を潜めている。

音楽はいっそう無駄がなく、落ち着き、それでいて、まるでモーツァルトのような軽やかさすら感じられる。

上質の遊戯感がある。透明感がある。極度に洗練された演奏なのだ。

たとえば、何気ない細かな箇所に表れる美しさといったら。

第2楽章はまるで墨絵のようだ。1986年の演奏に比べると、とてもさり気ない。

でも、耳をそばたてて聴くと、ニュアンスの宝庫であり、上質の響きの交響楽だ。

この1997年の演奏、それ以後も絶品だ。

第3楽章メヌエットの中間部の木管楽器のたとえようもない音色。

まったく何でもない、あまりにも簡単な音楽なのに、寂しげで、切なくて、諦めの気持ちまで感じられる。

胸が締めつけられるとはこのようなことを言うのである。

不思議なことだ。指揮者が高齢にならないと、こういう響きはオーケストラから出てこない。

第4楽章フィナーレも、これが80歳を過ぎた老人の音楽家と驚かされる軽快感があって、各楽器がこれしかあり得ないという絶妙のバランスで混ざり合っていて、至純とでも言うほかない音楽だ。

第2番は何よりもどの楽章もテンポがぴったり。この巨匠には老醜は無縁だ。

冒頭の序奏から弦ののびる音や躍むリズムが耳をひく。主部はオケも音楽ものりにのって爽快そのもので、緩徐楽章も尋常ではない。

普通の演奏なら初期の未熟な楽想と思われるところが、ヴァントの手にかかると、どの瞬間も意味深く新鮮に聴こえる。

終楽章の運動性も見事。

ヴァントの精密な演奏を堪能してしまうと、他の大半の指揮者の音楽が大味に聴こえてしまうだろう。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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