2011年01月30日

ギレリス&セルのベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」


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この協奏曲のディスクとして、まず最初に指折られるべきもののひとつがギレリス&セル盤である。

というと先日書いた記事の内容と矛盾するかもしれないが、以前発売されていた盤は1968年の録音にしては録音状態がパッとせず、なにかヴェールをかぶったようなモコモコした音に不満があったからである。

しかし、ここに再発されたディスクは、最新のテクノロジーを駆使して音質が改善され、ギレリスとセルの格調高く卓越した演奏が聴けるようになった。旧盤と甲乙つけがたい。

この演奏は、ピアノ独奏者の傑出した力量、指揮者の透徹したセンス、オーケストラの卓越した能力などが相まって「名盤」の名に恥じないような充実した出来ばえになっている。

もともとギレリスというピアニストは図抜けた底力をもっているのだが、ここではじつに洗練された抑制が効いており、強と弱、剛と柔、急と緩、濃と淡などの対比が鮮やかで、全体のバランスがよい。

押して出るべきところは堂々と押して出てくるし、逆に、ひくべきところは的確にひいている。

整然とした抒情的な美しさと、ベートーヴェンの音楽ならではの強靭さとが、少しも無理なく共存しているピアノといえよう。

加えて、クリーヴランド管を指揮するセルの音楽づくりが極めて緻密、かつ精密。

独奏者をときに支えたり、ときに彼と対抗したりしながら、隙のない音楽をつくりあげていく様子がなんとも見事である。

筋肉質の、ひきしまった伴奏をつけながら、そこには大輪の花が咲き出しているかのようだ。

弱奏を多用し極めて繊細・緻密にピアノを響かせるギレリス。緻密なアンサンブルで細部までキリリと見通しのよい響きを作るセル。

この《皇帝》は、過剰な身振りを削ぎ落としてちょっと室内楽的な趣がある。

ともに力量のある独奏者、指揮者、それにオーケストラが、それぞれ自分のよさをいかしながら、共通の目標である"ベートーヴェン"に向かって力を合わせようとしている。

その力の合わせ方が、ほどよく抑制がきき、確信に満ちており、とてもよい。

「壮大」に辟易した耳にはこの演奏はよく効く。

いかにも風格ある者同士(オーケストラも含めて)の共同作業という感じだ。

強靭な構成力に貫かれた造型的演奏内容である。

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classicalmusic at 19:24コメント(4)ギレリス | セル 

コメント一覧

1. Posted by 小島晶二   2020年09月27日 09:18
5 星の数ほど存在する皇帝の名盤の中でまず当盤を挙げていただき感激しています。私にとっても今なお最高峰の皇帝です。ギレリスのピアノは旧盤の力強さは影を潜めましたが, 流麗さが加わって絶妙なバランスです。セルのバックもCDの録音状態も改善され文句なし。セルの妥協しない厳格さは有名で, セルが相当年下のギレリスの希望で彼との共演を快諾したのは今となっては奇跡的な邂逅と言いたくなります。感謝。
話は変わりますが,ポゴレリッチとヴェデルニコフのソナタ32番試聴しました。前者はテンポが絶妙ですが,少し纏まりに欠ける気がしました。後者の端麗な音色は素晴らしく,高音のタッチがポリー二に似ていると感じました。他にもリヒテル,アシュケナージ,プレトニョフと秀演揃いで,ロシア人好みの楽曲なのかも知れません。今のところ私はウゴルスキー盤を最も気に入っていますが,これはグラモフォンの精密な録音に依ることが大きく影響しているのではないかと感じました。ギレリスのソナタ集もグラモフォンだったので,流石老舗の仕事だなと感心しております。とは言えムラヴィンスキーもそうでしたが,ロシア人のベートーヴェンはレベルが高いですね。
2. Posted by 和田   2020年09月27日 12:02
そうですね。ベートーヴェンの演奏に限らず、ロシアは名演奏家の輩出にかけてはドイツ=オーストリアを凌ぎ、世界でトップだと思います。
ところでポゴレリチのベートーヴェンの最後のソナタについて少し語らせてください。このソナタは特別な地位を占めていて、誰もが畏敬の念をもって接します。グールドはそんな先入観を打ち破ろうと、軽快に弾きとばしましたが、これはやりすぎでした。ポゴレリチもこれをうやうやしく奉るのではなく、自分の普段の生活の思考の範囲で解決できるものにとどめ、背伸びをしていません。そのために肩肘張った緊張を強いられることなく、普段着の気楽さが感じられます。するとこの曲特有の神秘感は薄れるにせよ、代わりに夜中にひとり日記をつけている情景が浮かんできます。そしてその日あったことを反芻しているうちに、自分との対話が始まり、自己省察が深まってゆきます。そんな自己を知るほのかなよろこびの感じられる演奏です。
と、かなり主観的な感想を書きましたが、私もギレリスの32番が聴けないことが小島さんと同様に断腸の思いです。この曲の演奏に必要な全ての要素を兼ね備え、あの強靭なタッチで全曲を最も正統的にオーソドックスに弾いたに違いないからです。
3. Posted by 小島晶二   2020年09月27日 21:55
追伸。成る程仰りたいことは理解出来ます。まずポゴレリッチは一回聴いただけですから,第一印象だけで判断するのは失礼ですね。ただあのクロアチアの美少年がもう年老いたオッサン顔になってしまったのにはびっくりしました。
ロシアでは政治体制の問題があり,西側に亡命した音楽家は多数いますが,ヴェデルニコフの様に飼い殺しにされた芸術家も多く,生きるのに必死だったのでしょうね。
4. Posted by 和田   2020年09月27日 23:02
ポゴレリチは年上の妻であり、彼のピアノの先生でもあったケゼラーゼに亡くなられてからは鬱病になり、一気に老け込んだのだと考えられます。
それはともかくロシアで言えば例えばショスタコーヴィチは、旧ソヴィエト連邦という、現在で言えば北朝鮮のような非民主的な独裁国家で、粛清の恐怖を耐え忍びながらしたたかに生き抜いた作曲家でした。かつて一世を風靡した「ショスタコーヴィチの証言」は現在では偽書とされていますが、ショスタコーヴィチに関して記したその他の様々な文献を紐解いてもみても、その交響曲や弦楽四重奏曲などには、かかる粛清の恐怖や、スターリンをはじめとする独裁者への批判や憤り、独裁者によって粛清された犠牲者への鎮魂などが色濃く反映されています。したがって、旧ソヴィエト連邦の時代を共に生き、粛清への恐怖に実際に身を置いた者こそが、ショスタコーヴィチの楽曲に込められたこのような深遠な世界をよりうまく音化することができると言えるのではないでしょうか。その他のロシアの芸術家たちも党との関係も常に緊張したものであり、眉間に皺を作らないでは一日たりとも過ごせない生涯を送ったと言えましょう。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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