2010年10月07日

マルティノンのチャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」、ボロディン:交響曲第2番


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「悲愴」は異色の名演である。

フランスの指揮者マルティノン、オーケストラはウィーン・フィル、曲がロシアのチャイコフスキーの交響曲と、一般的なイメージでいうとチグハグな感じがするかもしれないけれど、この演奏内容がじつに見事。

どっしりとした構成で、全体が安定感をもっている。

しかも、内容は情感ゆたかで、各表情はたっぷりとして説得力十分。

それでいて情緒過多にもなっていない。

いろいろな点でセンスのよい「悲愴」交響曲の演奏だ。

現代感覚によるチャイコフスキーで、大時代的なところがなく隅々まで明快だ。

フランスの指揮者であるマルティノンのラテン的な感覚といえるかも知れないが、それが純粋かつ率直な音楽をつくっているところは評価すべきであろう。

もともとマルティノンという指揮者は、知性を重んじるフランスの音楽家らしく造型的に筋の通った手法を重視し、あまり情緒的にのめり込むようなことはない。

ところがこの《悲愴》の演奏では、大きな起伏に裏打ちされた感情表現を行なっている。

そこに聴くあきらめ、絶望、哀しみなどという情緒的な表現は、きわめて深くて、大きい。

他のどのような盤と比較しても、その表現の情緒的性格は際立つものである。

どうしたのであろう。

彼の他の盤にはこうした性格のものが、ほとんどないだけに、つい考えてしまう。

ただ情緒的なだけでなく、造型的な太い線が通り、さらにウィーン・フィルがすばらしいことも、忘れずに指摘せねばなるまい。

ボロディンはロシアの代表的な作曲家の一人であり、彼の交響曲はロシアの指揮者とオーケストラで聴くのが筋かもしれない。

ところが、マルティノンの解釈で聴くと、ロ短調交響曲は別の魅力を伴った姿を現す。

それはまずオーケストラの色彩に、次にアプローチの方法に見られる。

彼の明るい色彩への指向は重厚な楽句にも開放感を、軽やかなテンポと明快なリズムは演奏に小気味よい流動感をもたらす。

一方、第3楽章に示されたように感情の移入も充分で、豊かなファンタジーを生み出す。

全体を通じて、マルティノンの解釈は聴き手の想像力をかきたてる。

こういう演奏を聴かせる指揮者が、今日みられないのは淋しい。

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classicalmusic at 18:33コメント(2)マルティノン | チャイコフスキー 

コメント一覧

1. Posted by 小島晶二   2020年06月05日 09:54
4 マルティノン。このフランスの指揮者は日本では余り評価されていない様ですが, おっしゃる通り情緒と造形を見事に融合させることが出来る数少ない指揮者のひとりでしょう。私にとって彼の幻想交響曲はミュンシュ以上のベストワンです。あの妖艶な響きには引きこまれます(レコードアカデミー賞に輝いたフランス物も勿論秀逸ですが)。悲愴もウィーンフィルの演奏では上位に位置するディスクでしょう。ただ残念ながら天下のデッカにしては録音がいまいち。その点はどうしようもないですね。
2. Posted by 和田   2020年06月05日 13:07
コルネット・パートを含む版を用いたマルティノン&フランス国立放送管の幻想交響曲は一点の曇りもない晴朗な表現で、第1楽章の提示部の反復も行われており、全体に色彩的で流麗この上ありません。虚飾のない新古典主義的解釈と言えますが、音楽的には極めて精緻でみずみずしく、数多いこの曲の録音の中で最も完成度の高い注目すべき表現です。劇的でありながら透明度が高く、フランスならではの感覚的な洗練が聴き手を魅了せずにはおきません。それでも私はミュンシュのパリ管発足ライヴとクリュイタンス&パリ音楽院の来日公演盤に惹かれます。

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Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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