2010年12月29日

ベルグルンド&ヨーロッパ室内管のシベリウス:交響曲全集


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フィンランドの指揮者、パーヴォ・ベルグルンドは当然ながら、自国のシベリウスの音楽に関してはスペシャリストと言えるだろう。

彼はシベリウスの交響曲全集を既にボーンマス響で一度、ヘルシンキ・フィルで一度録音しているので、このヨーロッパ室内管とで三度目となるわけだ。

この演奏の圧倒的な高みはどうだろう。本当のことを言えば、いかにベルグルンドの手になるとはいえ、前者2つはほとんど必要なくなったと言ってよいほどの出来だ。

録音を重ねるごとにより洗練され、透明度が増し、この三度目に至っては緻密さの極みとでも言おうか、彼の理想とするところのシベリウス像が明確に打ち立てられた演奏となっている。

旧盤2つに比べ、新盤は果敢にも輪郭の明確さを達成しようと挑んでいるところが素晴らしく、統率のとれたアーティキュレーションには驚かざるを得ない。

ヴィブラートを抑制し、アタックの角を立て、音の立ち上がりも鋭く、リズムも厳しく俊敏、さらに各声部の音響バランスに細心の注意が注がれ、曖昧さから決別しようとしているのである。

そのおかげで、おそらくどの録音よりもテクスチュアの解像度が高くなっているのが素晴らしい。

特に、第4番以降の作品でその効果が大いに発揮されていると思う。

ヘルシンキ盤からたった10年で想像もつかぬほどの遥かな地点に到達した恐るべき楽譜の読みの深さ、無駄をすべてそぎ落とした究極の抽象性、絶妙なバランスと自然の鳴動そのもののような強い運動性など、シベリウスの本質がすべて完璧な形で実現されている演奏だ。

一音たりとも傾聴を誘わない瞬間はない。今の音が次の音への期待を膨らませる。どの曲を聴いても尋常ではない充実感に満たされる。

弦のアンサンブルと木管の色彩の対比や合成で表現に微細な変化が生み出されてゆき、実に精緻な仕上がりで聴き手を引きつけている。

純粋にシベリウスの思考そのものへ近づけてくれる演奏。

何度でも聴きたい。聴くべき!

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classicalmusic at 18:36コメント(2)シベリウス  

コメント一覧

1. Posted by 小島晶二   2020年08月26日 09:29
4 ご指摘の様にシベリウス演奏の第一人者ベルグルンドにはほぼ10年毎に3つの交響曲全集があり, 特にヘルシンキフィルと当盤は旧盤及び新盤として日本のファンの間でも評価が分かれている様です。勿論録音は新盤に軍配が上がりますが, 演奏自体は旧盤の方が上ではないかと私は思います。新盤は墨絵の様に淡彩で, もう少し色を付けても良いのでは考えるからです。カヤヌス以後他にも多数のフィンランド出身の指揮者がシベリウスの交響曲全集を録音しており, オッコカム, セーゲルスタム, サラステ, ヴァンカそしてサロネンと, 中には元ヘルシンキフィルのメンバーも含まれています。彼らはベルグルンドの指揮に不満が有って, 俺ならこうするのにとか思っていたのでしょうかね。実は3, 6番のディスクはオッコカムのTDK盤が欲しかったのですが, 品切れだったので2番手のバルビローリ盤を購入した次第です。ひょとして和田さんはお持ちですか。
私の唯一苦手な4番を聞いてみました(ベルグルンド旧盤とマゼール盤)。でも暗くて晦渋な楽曲という思いを拭い去ることは出来ませんでした。全編マーラー9番の第4楽章を聞いている様な気がして, そもそも交響曲を聞いているといった感情も湧きませんでした。サラステの弁によると4番はフィンランド人にとっては理解しやすい曲で, 作曲者自身も思い入れが強かったそうです。難解。
2. Posted by 和田   2020年08月26日 11:53
小島さんご推奨のヘルシンキ・フィル共演盤も本当は捨てがたいのですが、迷った末、解釈の珍しさという点で、ヨーロッパ室内管との共演盤を選びました。本文でも触れた通りこちらの盤は、果敢にも輪郭の明確さを達成しようと挑んでいるところが素晴らしく、音の立ち上がりの良さ、各声部の音響バランスに細心の注意が注がれ、曖昧さから決別しようとしているのです。特に、第4番以降の作品でその効果が大いに発揮されていると思います。ベルグルンド自身によるライナー・ノーツを見ながら聴く限り、これが正解だと感じるのですが、いわばデジタル的な正確さをこれほどまでに作曲者自身が望んでいたかどうかはわかりません。当盤は、現実的でないフィクションを追いかけているのではないかとの危惧も拭い去れないのです。その意味で、より淡い輪郭に縁取られたヘルシンキとの共演盤もばっさりとは切り捨てられないのです。同じ指揮者といえども、内容にかなりの違いがあるので、これからは両盤を並行して聴きたいと思います。
小島さんが苦手の第4番は抽象化された、生成する自然の息吹そのものが歌い交わしているようなものだと考えますが、それがはっきり演奏から聞こえてこなければなりません。ベルグルンドは4番を得意としていて絶妙のバランスと自然の鳴動そのもののような強い運動性などすべて素っ気なく完璧な形で実現されている演奏です。
ちなみにオッコ・カムの3番、6番は未聴です。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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