2011年06月24日

クライバー&バイエルン国立管の1996年10月ミュンヘンでのライヴ


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



クライバー66歳の時の録音だが、これはもう圧倒的で、燃え盛る炎のような激しい演奏だ。

最初に聴くときは、誰だって自分が何を感じているのか確かめる間もなく最後までいってしまうだろう。

クライバーは、よく考え、綿密に計算し、細かいところまで決め、解釈を決定しているに違いないが、それは棒を振り下ろす前の話だろう。

始まるや否や、そうした解釈は、進行する演奏の後についてくる。

周知のように数少ない録音しかないのにもかかわらず、クライバーの人気と実力は"大指揮者"並みの評価が与えられている。

主流であるはずのベートーヴェンやブラームスでさえ残された録音は数曲に限定される。

このブラームスの交響曲第4番はその稀少な演奏の一つだが、何という壮大さと壮麗さなのだろう。

聴き手はその懐の深さと雄々しいダイナミックさにたちまち引き込まれていくに違いない。

そういう意味でクライバーのブラームスは、誰にも追いつけないくらい速い。

どこかに聴き惚れていると、既に次の主題が現れていて……という具合。

今、まさに音楽が生まれ出てくるように、というのは陳腐な言い方なのだけれど、それがクライバーのブラームスには、ちっとも陳腐じゃなくなる。

バイエルン国立管弦楽団のいささか過熱気味の表現とソノリティにも興奮させられる。

厚みのあるブラス、十全に弾き切った弦、そして要である引き締まった打楽器など、これを凌駕しうる演奏など今後も現れそうにない。

しかもひとつのフレーズや響きまでスコアの読み深さをうかがわせるクライバーの表現は、精妙さの極致と言えるのだが、音楽の流れと表情はあくまでも自然であり、もし完璧な演奏があるとすればこれはその典型だろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:05コメント(4)クライバー  

コメント一覧

1. Posted by 小島晶二   2021年02月16日 09:37
5 C. クライバー,この指揮者の演奏の良否は私の中で大きく揺れます。その原因は独特のアップテンポとリズム感にあると思われます。でも彼はサヴァリッシュ同様,バイエルン国立管とは相性が抜群の様ですね。C. クライバーはブラームスの4番を得意にしており,海賊版を含めると8種類もあるそうです (その内4回はバイエルンとの共演)。その中で80年のウィーンフィルとのスタジオ録音はザンテルリンク/ドレスデンシュターツカペレ盤と共に強く惹かれる演奏でした。でもこのバイエルン盤DVDはそのウィーン盤を凌ぐ名演と断言出来るでしょう。ディティールの伸びやかな美しさやゆったりとしたテンポが心地良いからです。ブラームス特有の壮麗感も十分なのですが,フィナーレのコーダはもっと延ばして欲しかった。他にC. クライバーには1994年ベルリンフィルを振ったモノラルライヴ演奏があります(Youtubeで聴けます)。迫力満点の力演ですが,やたらティンパニが煩いと感じる上録音状態も今ひとつで私の好みではありません。ただし本人は気に入っていたそうです。
ご指摘の様に,クライバーのレパートリーはオペラを除くと極端に少ない。これは顕微鏡的解釈とされる彼の性格と父エーリッヒの影響が強いと言われています。私が最上と思うのはハイドンの<驚愕>!1982年のウィーンフィルとのライヴ演奏ですが,彼の特徴が曲にぴたりとはまった快演で,面白い事この上なしです(Youtubeで聴けます)。彼の死後自家用車のCDプレーヤーにはウィーンフィルとのブラームス4番のディスクが入ったままになっていたそうです。悲しすぎる最期でした。彼の音楽的資質を称賛したのはベームとカラヤン,友人仲間はバーンスタインくらい。死の前年に夫人も失い,もう誰もいない状況になったのも彼の死期を早めた要因だったかも知れません。他人事ではありません。合掌。
2. Posted by 和田   2021年02月16日 12:34
クライバーは良くも悪くも生涯芸術家であり続けました。もし仮に彼のために理想的な条件の総てを提示して指揮を依頼したとしても、それが実現するかどうかは甚だ疑わしく、何故ならそれはひたすら彼の内面に関わる問題だからです。もし自分自身を満足させる演奏ができないと判断した時にはいつでも、彼は何の躊躇もなく、また誰に遠慮することなく仕事を放棄しました。周囲がそれを許さなくても彼自身が許しました。それを駄々っ子の気まぐれと言ってしまえばそれまでですが、彼にしてみればそれは自己との葛藤の結果であり、そうした選択しか彼には残されていませんでした。晩年のクライバーは壮年期に比べると、ただでさえ少なかった音楽活動がめっきり減っただけでなく、その質にも変化をきたしていたとされます。既に末期症状と診断されていた癌の影響は免れなかったでしょうし、それに伴う彼の創造力の枯渇が原因かも知れません。いずれにしても彼が指揮棒を取るまでには、マテリアル的にも心理的にも相応の準備と充電期間が必要であったことは疑いありません。しかし最終的に生涯の音楽活動が、彼の人生にとって何であり得たかについては、死の直前に単身で赴いたスロヴェニアへの道のりのエピソードも含めて一抹の謎を秘めています。ベルリン・フィルとのブラ4は持っており、演奏は凄絶ですが、録音状態が酷いですね。ウィーン・フィルとの驚愕は聴いたことがないので、これからYouTubeで聴いてみます。
3. Posted by 小島晶二   2021年02月16日 20:32
追伸。クライバーの活動姿勢は述べられた通りだと私も思います。彼の死因には自殺説も取りざたされており,他人には測り兼ねる心境があったのでしょう。スロヴェニアとのブラームス4番も残されていますが,2回しかなかったベルリンフィルとの共演CDが残されているとは知りませんでした。でも演奏前にクライバーは全ての天井マイクを撤収させたので,録音が醜悪なのは致し方なしでしょう。彼のレパートリーと言えばモーツァルトなら33,36番,べートーヴェンなら4,7番,シューベルトなら3,8番そしてブラームスは2,4番となりますが,私はベートーヴェンとブラームスの両4番に最も惹かれます。
4. Posted by 和田   2021年02月16日 23:55
ドキュメンタリー:カルロス・クライバー「アイ・アム・ロスト・トゥ・ザ・ワールド」には、ウィーン・フィルとベートーヴェンの交響曲第4番のリハーサル中に楽員たちと衝突してその場を去ってしまう、いわゆる「テレーズ事件」の時の劇的な音声も幾つかのスナップ写真と共に生々しく記録されています。「どうしてできないんだ、こんなことで長い時間議論しなければならないなんて!」と強い調子で訴えるクライバー。しかしウィーン・フィルのような古い伝統を引っさげたオーケストラは唯でさえ指揮者の言いなりにはなりません。まして彼らがプライドを傷つけられれば尚更です。両者の気まずい緊張の中でクライバーは「10分間休憩」の指示を出してそのまま帰って来ず、定期演奏会もキャンセルしてしまいました。この作品を制作したゲオルク・ヴュープボルトはクライバーの父エーリッヒ、そして母のルース、更にはカルロス自身の自殺説を仄めかしています。末期の癌患者だった彼が妻を失った後、単身彼女の故郷スロベニアのコンシチャに向かい、病院ではなく彼らの別荘で扉も窓も閉ざしたまま亡くなっているところを発見されたという証言は確かにどこか謎めいています。真相は分かりませんが、彼は明らかに死を待っていましたし、またその時期も悟っていました。そして故意に家族から遠ざかって孤独の死を選びました。偉大な指揮者の華やかで劇的な生涯の終焉は意外なほど慎ましく寂しいものでした。
YouTubeで驚愕聴きました。よかったのですが、クライバーの演奏の次に収録されていたバーンスタインの演奏の方がより魅惑的に響いているように感じました。

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ