2011年11月02日
カラヤン&ウィーン・フィルのブルックナー:交響曲第8番(1988年DVD)
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亡くなる直前まで精力的なレコーディング活動を続け、映像ソフトだけでもおびただしい数を残したカラヤン。
このブルックナー8番は1988年11月に収録、その約1ヶ月後のキーシンと組んだチャイコフスキーの協奏曲その他がカラヤン最後の映像作品となったわけだが、そちらはジルヴェスター・コンサートのライヴで、あくまで放送局が主導の中継映像だった。
つまり、このブルックナーは、カラヤン自身が演出の細部にまで関わった事実上最後の映像作品ということになる。
演奏は、なによりカラヤンの尋常ならざる意気込みがひしひしと伝わる凄まじいものだ。
この時期のカラヤンは肉体的な衰えをもはや隠し切れず、その様子は痛々しいほどなのだが、それだけに、一種異様なまでに爛々と光る眼光の鋭さは強烈すぎるほどで、この収録に対するカラヤンの執念にも似た情熱を嫌でも感じさせる。
ブルックナー演奏史上1,2を争うと言いたくなる第1楽章の凄絶な威圧感には、そんなカラヤン最晩年の音楽に対する執着が強烈に感じられ、その苦痛に身もだえるような壮烈なカタストロフィは言語を絶する。
それだけに、第3楽章アダージョの絶世の美感は格別の感銘をもって聴き手に迫る。
ブルックナー作品のなかでもとりわけ第8番を得意としたカラヤンとしても、この豊麗な、まさに美音に溺れ込むかのような響きはかつてないほどである。
それでいてこの演奏が、いわゆる“白鳥の歌”というような浄化や清らかさよりも、“美的なるもの”に対する強烈な憧憬を感じさせるのは実に興味深いところであり、いかにもカラヤンらしいところと言えるだろう。
壮大にして豊穣をきわめたフィナーレの素晴らしさを含め、この演奏は、“美”にとり憑かれ、その追求に一生をささげたカラヤンという指揮者の個性と魅力が、かつてなく反映した傑作といえるのではないだろうか。
そうしたカラヤンの情熱を、ウィーン・フィルがまた信じられないほどに豊かで美しいサウンドで支えている。
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