2012年04月22日
フルトヴェングラーのヴェルディ:オテロ
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1951年8月7日、ザルツブルク音楽祭の実況録音である。
フルトヴェングラーの指揮するイタリア・オペラの全曲盤として唯一のものであり、貴重な記録といえよう。
しかし、この《オテロ》はヴェルディではなく、まったくのフルトヴェングラーである。
冒頭のオーケストラの鳴らし方からして彼以外の何ものでもなく、ことに終幕でオテロがデスデモーナを殺す場面のものすごい迫力と恐ろしいリズムは、それだけをとれば最高といえよう。
だが、フルトヴェングラーの意識は常に人間の情念へと向けられており、オーケストラの各楽器がかもし出すヴェルディの醍醐味、ヴェルディ節は、どこを探しても見られない。
からりとした絵画的な遠近感や弱音のデリカシーに欠け、まるで彼の指揮したワーグナーを聴く感じなのだ。
歌手陣ではイヤーゴ役のシェフラーが抜群である。
声、表現ともに、いかにも嫌な奴らしく、「信条の歌」あたりの暗い情念の世界は、フルトヴェングラーの指揮と相俟ってまことにすばらしい。
これに反してヴィナイのオテロとマルティニスのデスデモーナには、さほど心を打たれなかった。
両者とも、声の魅力に欠ける上に、表情をつけすぎるきらいがある。
ことに後者が歌う「柳の歌」から「アヴェ・マリア」にかけては、あまりにも悲しみが表面に出すぎるために、デスデモーナの慎ましさや、内部に抑えられていっそう強調される格調の高い哀しみが失われてしまう。
彼女にはすでに夫に殺されることを予感し、それを自らの運命として受け入れようとする諦めの心があるのではないだろうか。
その点、オテロの歌い方にはかなり打たれるところもあるが、これがベストとはいえないように思う。
録音はこの時代のものとしてはとても良い。
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