2012年05月12日

フルトヴェングラー&ウィーン・フィルのハイドン:交響曲第88番「V字」/「コリオラン」序曲/シューマン:交響曲第1番「春」(1951年ライヴ)


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フルトヴェングラーの《V字》は、3つの録音が残されているが、この1951年ライヴ盤は、第1楽章の序奏部がほかの2盤よりもものものしく、フルトヴェングラーを満喫できる。

主部はオケの厚みと充実度がすばらしく、内的力感に満ち、3盤中のベストで、録音も1952年盤より良い。

第2楽章は温かい歌と豊かな情感にあふれ、トリノ盤に匹敵するが、音が良いぶん、このほうが上かもしれない。

メヌエット以後はベルリンのスタジオ録音と同じく、大人の風格を感じさせるスタイルの模範的な指揮ぶりだ。

《コリオラン》序曲は、後述するシューマンの《春》とともに、ミュンヘンのドイツ博物館ホールで行われた演奏会の実況録音である。

ここは大変古びた会場だが、残響が多く、かつ響きが暗く柔らかいため、独特のおどろおどろしさが出ており、ウィーンの弦がよくのびる。

《春》は第1楽章の序奏部からして、フルトヴェングラーの表現は雰囲気満点だ。

ことに主部に向かって盛り上がってゆく時の猛烈な気迫は天下一品といえようし、展開部の終わりのクライマックス設定も"ものすごい"の一語に尽きる。

第2楽章のラルゲットは良いテンポで、弦のレガート奏法がきわめて情緒的であり、中間部の頂点における凄絶なリズムや推進力も見事だ。

スケルツォに入ると、演奏旅行中のオーケストラと指揮者は、俄然ぴったりとした意気の投合を見せ始め、ミュンヘンの聴衆を興奮のるつぼに巻き込んでゆく。

この迫力は普通の音力ではない。人間の発揮し得る、ぎりぎりの精神が生んだものだ。

そして最後の第4楽章ではますます脂がのってきて、この楽章のフルトヴェングラーは自由自在である。

シューマンが完全に彼の自家薬籠中のものと化しており、音楽が大揺れに揺らされる。

しかし、地にしっかりと足がついているので、いくらやっても決して嫌味ではなく、むしろ面白い。

そして、ついにコーダの、最高のクライマックス・シーンが現出する。

デモーニッシュな金管の最強奏、アッチェレランドによる嵐の急迫はこの世のものとは思えず、手に汗を握るうちに、やがてフルトヴェングラー独特の、大きく息をつく間を伴った和音によって、さしもの演奏も終わりを告げるのである。

録音がしっかりしているのも実にうれしい。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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