2012年05月13日

フィッシャー=ディースカウ&フルトヴェングラーのマーラー:さすらう若人の歌(1951年ライヴ)


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1951年8月19日、ザルツブルク音楽祭での実況録音。

フィッシャー=ディースカウはシューマンのリートの卓越した歌い手だが、マーラーにかけても他の追随を許さない。

それは1951年に弱冠26歳の彼が、ザルツブルク音楽祭でフルトヴェングラーと共演した「さすらう若人の歌」の録音を一聴すれば瞭然。

当時26歳だったフィッシャー=ディースカウの若々しく瑞々しい歌唱が大変に見事。

フルトヴェングラーもオケを意のままに動かしながら、この曲の持ち味を余すところなく表出している。

ウィーン・フィルも実にうまい。

フィッシャー=ディースカウの迫真の歌いぶりに、フルトヴェングラーをして、これまであまり関心のなかったマーラーの音楽を再認識させ、もっと彼の作品を演奏してみたいと思わせた、いわくつきの演奏だ。

フィッシャー=ディースカウの声は技術や声の深さ、表情の豊かさなどが完璧で、フルトヴェングラーの伴奏も威厳と風格と偉大なる愛情にあふれ、ただ聴き惚れるのみである。

フィッシャー=ディースカウのテキストとスコアの読みは、26歳の若者とは思えないほど深くこまやかだ。

心の傷つきやすい若者が、美しい自然に懸命に自分を合わせ、すがる思いを吐露するが、その繊細で鋭敏な心の働きが痛いほど伝わる。

そして、ついに抑えられなくなった想いは、天にも達する激しい慟哭で歌い上げられ、その心の苦しみは狂気と紙一重となる。

そのフィッシャー=ディースカウの捨て身の白熱的燃焼力、心情の吐露には圧倒される思いがする。

このコンビによるスタジオ録音のほうが繊細でまとまりはよいが、このライヴでは天をも衝くような激しい慟哭が主導し、生と死の境をさまよう若者の破れかぶれの心理を鋭く追求している。

内面のこの破綻の風景こそ、この歌曲集の核心をなしていることがわかる。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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