2012年05月25日

フルトヴェングラー&RAIのベートーヴェン:交響曲第3番『英雄』、ワーグナー:『トリスタンとイゾルデ』〜前奏曲と愛の死(1952年ライヴ)


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1952年、フルトヴェングラー・イン・イタリー。

曲目はベートーヴェン《エロイカ》とワーグナーの《トリスタン》より『前奏曲と愛の死』。

フルトヴェングラーが残した録音にはかなりの偏りがあり、またベートーヴェン?と思われるかもしれないが、そこは巨匠の残した名演を堪能するという事で是非ご理解頂きたい。

フルトヴェングラーとイタリアのオケとの相性はそう悪くなく、一定のレベルの演奏に仕上がっているのがやはり技術なのか?と感心するばかりで、この《エロイカ》も、フルトヴェングラーが指揮をした同曲異演盤と重なる箇所も多く、1944年や1952年のウィーン・フィル盤に近い演奏にも聴こえる。(但し、1944年盤は時期的により鬼気迫る感じに聴こえなくもないが)。

《エロイカ》はフルトヴェングラーの十八番の一つ。

演奏について触れる必要は全くないであろうが、第1楽章にはすでに晩年の客観視が表れており、呼吸も深い。

3月のワーグナー《トリスタン》より『前奏曲と愛の死』であるが、これも名演と言って過言ではない。

《エロイカ》もさることながら、このワーグナーは必聴!

元々ワーグナー演奏にも定評があるフルトヴェングラー。このトリノとの演奏では、泣かせる、聴かせる。

やはり彼はツボを知っており、テンポといい、間といい、ただでさえ《トリスタン》の最初と最後を飾る名曲を、抑えきれない感情をググッと内に秘め、青白きオーラを発しながらオケに魔法をかけてこの名演を生み出した凄まじき指揮を生で見てみたかったものである。

《エロイカ》、《トリスタン》両曲とも大爆発的な大袈裟な演奏ではないが、フルトヴェングラーにしかできない演奏はまさにファンにとっては一つのお宝には間違いないであろう。

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classicalmusic at 21:18コメント(4)フルトヴェングラー  

コメント一覧

1. Posted by 小島晶二   2022年01月20日 09:21
楽曲通しては聴いていないので評価は避けますが,以前申し上げた様に雄渾な演奏。ただローマイタリア盤の録音は今ひとつで,オーケストラの技量も下がります。でもこれは楽団がドイツ系指揮者,とりわけフルトヴェングラーの指揮法に慣れていない面も有ることでしょう。チャイコフスキーの5番も録音は劣悪ですが,演奏は宇野功芳氏の指摘は全く当たらない秀演ですね。トリスタンの両曲は今でもフルトヴェングラーが最高(ただし本演は未聴),それに匹敵するのはヨッフムのフランスライヴでしたが,レコード化はされていないでしょうね。
2. Posted by 和田   2022年01月20日 09:49
従来ご指摘のフルトヴェングラーのチャイコフスキー「第5」の録音は、「演奏・音質共に芳しくない」と言われてきました。しかしデルタ盤で聴き直してみて、音質はともかくとして、演奏自体には、やはりフルトヴェングラーの刻印を十分感じ取ることが出来ました。この演奏には、オーケストラの非力を超えて、ほの暗いドイツ人の情念が感じられます。その解釈がチャイコフスキー「第5」の曲想とは、若干異なるかも知れませんが…。私はこの録音に3つの意義を感じています。第一には、言うまでも無く、この録音がフルトヴェングラーが遺した唯一のチャイコフスキー「第5」であることです。フルトヴェングラー没後半世紀以上が経過した現在、戦後の演奏会での録音が今後出現する可能性は非常に低いと考えられます。第二には、極めてドイツ的なチャイコフスキー解釈になっていることです。1952年の夏に大病を患う直前のフルトヴェングラーはまだまだ元気一杯で、ハードスケジュールの中、熱気溢れる演奏を行なっています。第三には、この演奏が、フルトヴェングラーがチャイコフスキー「第5」を指揮した生涯最後の機会であったことです。もしこの演奏が録音されていなければ、我々はフルトヴェングラーのチャイコフスキー「第5」の解釈を耳にすることが出来なかったのです。この録音が残されたことに感謝します。さらにもう一つ付け加えるとすれば、この録音はある理由で熱心なフルトヴェングラー・ファンの間では有名でした。それは第4楽章コーダに入る直前の休止部で、聴衆の拍手が入っていることです。おそらく当時のイタリアの聴衆にとってチャイコフスキー「第5」はあまり馴染みのない曲目だったのでしょう。終了と勘違いした聴衆の拍手が録音されています。カットしなかったのは1952年6月6日のコンサート会場で何が起ったかをそのまま残すことに、ライヴ発売の意味があるからでしょう。
3. Posted by 小島晶二   2022年01月20日 10:14
実はフルトヴェングラーはチャイコフスキー5番を多数回演奏しており,ライヴの数は悲愴より多かったと言われています。しかしながら,録音が残っているのは未だに本盤だけ。どうしてそうなったかは謎ですが,戦時中ならともかく戦後なら録音が残っていても良いはずですね。
4. Posted by 和田   2022年01月20日 10:48
そうですね。実に残念なことです。フルトヴェングラーのチャイコフスキーでは「悲愴」を採りたいと思います。同曲の戦後のライヴとしては唯一のもので、録音の差もありますが、大戦前のSP録音とは迫力の点で格段の差があります。演奏の総合点も良く、フルトヴェングラーの「悲愴」としてはこのほうを選ぶべきでしょう。フルトヴェングラーの壮年期の演奏に近い個性的な表現で、スケールも大きく、最近の演奏様式には見られないロマン的なチャイコフスキーですが、音楽は意味深く、十分説得力があります。全体に暗くユニークな演奏で、第1楽章の展開部や第3楽章など、ライヴならではの劇的迫力が示されています。とくに第1楽章のクライマックスの高揚は筆舌につくしがたく、ティンパニと金管の咆哮の中に全宇宙が崩壊します。終楽章の情緒豊かな振幅の大きい表現も、この指揮者ならではのロマン性を感じさせます。チャイコフスキー特有のメランコリーよりもむしろ不健康な哀愁が全曲をふさわしくしめくくります。フルトヴェングラーはほとんど病的なチャイコフスキーの抑圧感や心理のひだに深く分け入っており、それを当時の神経質な演奏様式で表現しています。そこには人間的ななぐさめと絶望的な雰囲気が交錯しており、これほど深刻な「悲愴」の演奏はほかにありません。それだけに作品の本質に触れる凄さがあります。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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