2012年05月28日
フルトヴェングラーのバッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番/シューベルト:ロザムンデ序曲/R・シュトラウス:交響詩《ドン・ファン》/ラヴェル:スペイン狂詩曲
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ブランデンブルク協奏曲第5番は、フルトヴェングラー臭ふんぷんたるバッハで、ことに第1楽章がそうだ。
遅いテンポで編成の大きいオケをいっぱいに鳴らし、長い音符は気持ちを込めて丁寧に歌わせる。
リタルダントも頻出し、その度に音楽の局面ががらりと変わってしまう。
どう見ても今日的なバッハではない。
しかし特筆すべきはフルトヴェングラー自身によるピアノ独奏だ。
チェンバロでなければ美しさの出ない部分ももちろん多いが、たとえば弦がテーマを弾く時の左手の強調など、ピアノだからこそ生きる味わいだし、それ以上にカデンツァの名人芸はいかばかりであろう。
ものすごくテンポを落とし、神秘的なピアニッシモで探るように開始する冒頭部のすばらしさ!
そして音楽が進むにつれて自在にテンポを変え、強弱の幅を広くとり、ついに最も情熱的な盛り上げに達する見事さ。
ただただ息をのむばかりであり、機械的なチェンバロを聴くのがいやになる。
コルトーといえどもこんなピアノは弾けなかった。
なぜならばフルトヴェングラーの場合、単なるロマン的、19世紀的な解釈とはいえないからで、このカデンツァに関する限り、彼はバッハのスタイルも時代感覚もすべて超えてしまったのである。
いろいろと抵抗のあるバッハではあるが、第1楽章のカデンツァだけで後世に遺したいディスクである。
フルトヴェングラーが録音した4つの《ロザムンデ序曲》中では、これがいちばん上出来である。
彼はトリノ・イタリア放送響からきわめて充実した、内容のあるひびきを生み出している。
フォルテの部分など、楽員が今まで決してやったことがないほどの凄まじい力演であり、それが遅いテンポによる立派な造型と結びついて、じっくりとした音楽的感興を盛り上げてゆく。
独奏楽器の魅力には乏しいが、他の演奏でフルトヴェングラーの欠点となっていたシューベルトらしい愉しさの不足を、イタリアのオケの明るい弦がカヴァーしているのである。
R・シュトラウスの交響詩《ドン・ファン》には他にもっとすぐれた演奏・録音があるし、ラヴェルの《スペイン狂詩曲》に至っては全く採れない。
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