2012年08月02日
ラトル&ベルリン・フィルのマーラー:交響曲第9番
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ラトルの大逆転ホームランだった。
この録音(2007年)までのベルリン・フィルを指揮したラトルは没個性的な演奏、凡打の連続であったが、久々に彼の類い稀なる才能を思い知らされる名演が登場した。
絶品。言葉もないほど。凄いの一言だ。
世界最高の美麗な音色と演奏テクニックを兼ね備えているベルリン・フィルの素晴らしいオーケストラ・サウンドがぎっしり詰まったこのCDは、近年購入した中ではベスト。
音の情報量が多いためか、聴くたびに新しい発見があり全然飽きない。
ここでのマーラーは、感情の発露がむしろ内へ内へと向けられ抑えた表情に凝縮されて、最後には明鏡止水とも言うべき静謐な世界のもとへと音楽が収斂してゆくといった趣き。
感情を声高に叫ぶこともなければ、大仰な身振りもない。
読譜の視座に「新しい眼差し」を感じ、マーラー演奏の在り方が新しい時代にふさわしいものへと変わったと痛感する。
深く彫り込まれ美しく磨き上げられたディテールが全体の自然な流れと融合する構築性も見事な音楽には、フレージングやアーティキュレーション、そしてテクスチュアへの配慮をゆるがせにしないラトルの基本に忠実な姿を見る思いだ。
この彫琢も念入りな、しかし穏やかで静かな自然の流れに身を委ねているとやがて穏やかで清澄な心持ちになる。
音楽を聴くこれ以上の悦びがあるだろうか。
音楽には音楽でなければ表せない何ものかがあり、それを心得た音楽家の演奏はいたって基本に忠実なのではないか。
そんな感慨を抱かずにはいられない。
ラトルとベルリン・フィルの蜜月を思わせるこの演奏には、少なくともこの音楽が内包するひとつの実相が投影されていることだけは確かであろう。
ベルリン・フィルは、バルビローリ、カラヤン、バーンスタイン、アバドと「第9」の名演を残してきたが、ラトルのこの名演は、これら過去の綺羅星のような名演の列に連なる十分な資格があると思われる。
それにしても、ベルリン・フィルが現在でもこれほどまでの重厚な響きを奏でることができるとは思わなかったが、これはラトルの力によるものであろう。
既にベルリン・フィルは退任したが、今後のラトルの円熟に大いなる期待をしたい。
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