2012年09月15日
ヴァント&ミュンヘン・フィルのシューベルト:交響曲第9番「ザ・グレイト」
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1993年5月28日、ミュンヘン、ガスタイクに於けるライヴ録音。
私見であるが、シューベルトの「第9」(最近では第8番とするのが一般的であるが、CDの表記にここでは従う)は、歌曲や室内楽曲、ピアノ曲に数多くの傑作を遺す一方で、交響曲ではなかなか名作を生み出せなかった(「未完成」は傑作であるが、完成された曲ではないことに留意)シューベルトによる唯一の完成された傑作であり、そのせいか、これが正解というアプローチがない。
つまりは、様々な演奏のアプローチが可能であり、それにより、曲から受ける印象がまるで異なってくることになる。
ウィーン風の演奏ならば、ワルターの名演がある。
この曲を愛しつつもなかなか思うようには指揮できなかったカラヤンの流麗な名演もあるし、ベートーヴェン風のドラマティックなフルトヴェングラーの名演もある。
シューベルトの交響曲を後世のブルックナーの交響曲に繋がっていくものという説に従えば、クレンペラーや朝比奈隆などの名演もある。
その他にも、様々なアプローチが可能であると考えるが、ヴァントはこの第4のタイプの名演だ。
交響曲第9番『ザ・グレイト』は、ヴァントの得意作品だけにこれまでにもベルリン・フィルや北ドイツ放送響、ケルン放送響を指揮したCDやDVDが発売されてきたが、今回のアルバムの特徴はなんと言ってもチェリビダッケ色を残したミュンヘン・フィルの個性が如実に反映されていることであろう。
精巧に隙なく組みあげられながらも、肩の力を適度に抜いた最晩年のヴァントのアプローチとミュンヘン・フィルの方向性はぴたりと一致している。
冒頭からほとんど微動だにしないイン・テンポに貫かれている。
いかにもブルックナーを得意としたヴァントならではのアプローチだが、それでいて、第2楽章の中間部や終結部の繊細な抒情は、特別なことは何もしていないのに、人生の諦観のような寂寥感を味わうことができる。
これは、大指揮者だけが表現できる至高・至純の境地と言えるだろう。
ヴァントは、この数年後にベルリン・フィルと同曲を録音しており、基本的なアプローチに変化はないが、ミュンヘン・フィルと録音した本盤の方が、オーケストラの違いもあるのだろうが、やや柔和な印象があり、このあたりは好みの問題だと思う。
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