2013年03月01日
パッパーノのプッチーニ:蝶々夫人
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予想通り、期待を裏切らぬ素晴らしい名演。
プッチーニの「蝶々夫人」は、筆者としてはどうしてもカラヤン&ウィーン・フィルの超名演のイメージが強烈であり、なかなかその呪縛から抜けられなかったが、本盤で、イタリア人指揮者とイタリアのオーケストラによる演奏に接して、久々に新鮮な気持ちで「蝶々夫人」に接することができた。
先ずは、パッパーノの指揮であるが、大変健闘していると思われる。
もちろん、カラヤンと比較してどうという評価を行うことは容易であるが、このオペラの随所にちりばめられた日本風の旋律を情感溢れる指揮で抒情的に描いており、それでいて、ここぞという時の重量感溢れる迫力にもいささかの不足はなく、プッチーニの魅力的な音楽をゆったりとした気持ちで満喫できたのは、やはりパッパーノの指揮が優れていることの証左ではないかと思う。
サンタ・チェチーリア国立音楽院管も好演であり、非常にドラマティックかつ熱気の漲った演奏で、パッパーノの指揮下において最高のパフォーマンスを示していると言える。
歌手陣も、ゲオルギューが蝶々夫人を可憐に演じており、その可憐さが、終結部の悲劇性を大いに高め、迫真の歌唱を繰り広げていると言えるだろう。
ピンカートンのカウフマンは明らかにピンカートン向けの声ではないし、歌い方も荒っぽくやや疑問を感じるが、ただそれは彼なりの解釈である。
ピンカートンという男は日本の現地妻を捨てて母国に帰る薄情な男なのだ。
決して善人ではない。
カウフマンはピンカートンを酷薄なエゴイストとして表現している。
ただそれはクレバーで興味深いアプローチではあるのの、過去の優れたテノール達の解釈と同列に並べられるものではないのも確かだ。
ゴローのボンファッティやシャーブレスのカピタヌッチ、スズキのシュコサには十分に合格点を与えることができるだろう。
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