2014年08月20日

カラヤン&ベルリン・フィルのベートーヴェン:交響曲第7番/ストラヴィンスキー:春の祭典(1978年ライヴ)


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ベートーヴェンの「第7」は、フルトヴェングラーの1950年盤(または1943年盤)と並ぶ、そしてストラヴィンスキーの「春の祭典」はトップの座に君臨する超弩級の名演である。

カラヤンの生前、そのライヴ録音は、マーラーの「第9」(1982年盤)やハイドンの「天地創造」など、限られたものしか発売されず、したがって、発売された演奏の殆どはスタジオ録音であった。

カラヤンのスタジオ録音は、コンサートの演目に登場させる直前のゲネプロに併せて行われるとともに、発売にあたって徹底した編集が行われたことから、CDとしての完成度は高いものの、R・シュトラウスやチャイコフスキー、新ウィーン楽派の管弦楽曲集などの一部の楽曲を除いては、いささか平板な印象を与えるものが少なくない。

そのようなCDとフルトヴェングラーの燃焼度の高いライヴ録音と比較されれば、結果は火を見るよりも明らかである。

しかしながら、そのようなフェアとは言い難い比較で、カラヤンを精神的に浅いだとか、浅薄と評価してしまうのは、いかにも不公平のそしりを免れないのではなかろうか。

カラヤンは、近年発売された様々な伝記でも明らかにされているが、CDとコンサートを別ものと捉えていた。

そして、コンサートに足を運んでくれる聴者を特別の人と尊重しており、ライヴでこそ真価を発揮する指揮者だったことを忘れてはならない。

最近、カラヤンの死後に発掘された様々なライヴのCDが発売され、それらが、各方面で絶賛を浴びているのも決して不思議ではないのだ。

本盤も、そんなカラヤンのライヴの凄まじさを証明する一枚である。

ベートーヴェンの「第7」は、当時楽団史上最高の状態にあったベルリン・フィルの圧倒的な合奏力を駆使した重厚な指揮ぶりであり、切れば血が吹き出てくるような圧倒的な生命力に満ち溢れている。

フルトヴェングラーの名演のように、精神の高みを追求した深みのある演奏ではないが、音のドラマを極限まで追求した名演として、フルトヴェングラーの精神性の高い名演とは違った世界での頂点を極めた超名演と高く評価したい。

「春の祭典」は、まずは管楽器奏者の抜群の技量に圧倒される。

これがライヴ録音なんて信じられない。

弦楽合奏の厚みも桁外れのド迫力であり、こうしたベルリン・フィルの猛者を圧倒的な統率力で纏め上げていくカラヤンの凄さ。

しかも、技術偏重には陥らず、音色に妖気のようなものが漂っているところが見事であり、「春の祭典」の本質を射抜いた史上初の演奏と言っても過言ではないのではないか。

カラヤンのライヴ録音は、今後もいろいろと発掘されていくと思われるが、おそらくは、それらのライヴ録音によって、カラヤンの凄さがあらためて再認識されるのではないかと大いに期待している次第だ。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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