2013年09月01日

フリッチャイ&バイエルン放送響のチャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」/バルトーク:ピアノ協奏曲第3番(アニー・フィッシャー)


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本盤に収められたチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」は、録音から長年の間のお蔵入りを経て発売されたベルリン放送交響楽団とのスタジオ録音(1959年)の1年後のライヴ録音である。

1959年盤はフリッチャイによる心を込め抜いた渾身の超名演であり、間近に迫る死を予見しているかのようなただならぬ不気味さや慟哭を感じさせる演奏に仕上がっていたが、本演奏はさらに凄まじい演奏である。

1959年盤はスタジオ録音ということもあって、渾身の熱演ではあるものの、どこかに自我を抑制した安定感が存在していたが、本演奏においてはもはやフリッチャイは自我の抑制などはいささかも行っていない。

自らの感情の赴くままに演奏しているとも言えるところであり、死を目前に控えたフリッチャイの絶望的な心情の吐露とさえ言えるのではないだろうか。

第1楽章冒頭の序奏は、1959年盤以上に恐れおののいているし、その後のテンポの変化も1959年盤以上に凄まじいものがあり、ドラマティックで壮絶の極みとも言うべき演奏である。

展開部の強靭さは我々聴き手の肺腑を打つのに十分な圧巻の迫力を誇っているし、第2主題の切々とした歌わせ方には、フリッチャイの生への妄執と憧憬さえ感じさせるほどだ。

第2楽章も他のどの演奏よりも心を込め抜いて歌い上げているが、中間部などの尋常ならざる暗さは死と隣り合わせのフリッチャイの心境が反映されていると言っても過言ではあるまい。

第3楽章の壮絶さは我々聴き手の度肝を抜くのに十分であるし、終楽章の思い入れたっぷりの慟哭の調べには、もはや涙なしでは聴けないほどの感動を覚えるところだ。

いずれにしても、本演奏はもはや名演といった単純な表現では言い表せない豪演であり、魂の音楽と言ってもいいのではないかと考えられる。

これほどの入魂の音楽に対しては、もはや批評自体が成り立たないのではないかとさえ考えられるところであり、1959年盤との比較などある意味ではナンセンスと言えるのかもしれない。

併録のバルトークのピアノ協奏曲第3番は、フリッチャイの十八番とも言える楽曲だけに、本演奏も彫りの深い超名演に仕上がっていると高く評価したい。

アニー・フィッシャーも、フリッチャイの命がけの指揮に触発されたせいか、持ち得る実力を最大限に発揮した渾身の大熱演を展開しているのが素晴らしい。

録音はモノラル録音ではあるが、1960年のライヴ録音としては比較的良好な音質である。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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