2013年10月21日
小澤&サイトウ・キネンのブラームス:交響曲第1番(2010年ニューヨーク・ライヴ)
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本盤に収められたブラームスの交響曲第1番は、一昨年1月より食道がんのために病気療養をしていた小澤が一昨年12月、ニューヨークのカーネギーホールにおける3日間のコンサートにおいて本格的な指揮活動への復帰を果たしたが、その初日(14日)の感動的なコンサートの記録である。
通常CD盤としては既に昨年1月に緊急発売されているが、今回はブラームスの交響曲第1番に加えて、15日の幻想交響曲と18日の戦争レクイエムも含めて、シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤で発売されるとのことであり、これは我が国のクラシック音楽ファンとしても大いに歓迎したい壮挙である。
小澤はブラームスの交響曲第1番を得意中の得意としており、既にボストン交響楽団(1977年)やサイトウ・キネン・オーケストラ(1990年)とスタジオ録音を行っている。
一方、本演奏については小澤も楽章毎に水分補給をとるなど本調子には程遠く、演奏の安定度からすれば過去の演奏とは比べようがないのかもしれない。
したがって、本演奏に対して演奏上の瑕疵や楽曲の本質への追求の深みのなさなどを指摘するのは容易なことであり、現に、レコード芸術誌においてもとある高名な音楽評論家などが厳しい評価を下していたのは記憶に新しいところだ。
しかしながら、本演奏については、そのような演奏上の瑕疵や精神的な深みなどを指摘すべき性格の演奏ではない。
というか、そのような指摘をすること自体が、自らの命をかけて指揮を行った小澤に対して礼を失するとさえ言える。
小澤の渾身の命がけの指揮が我々聴き手の心を激しく揺さぶるのであり、それだけで十分ではないだろうか。
そして、小澤の入魂の指揮の下、大熱演を繰り広げたサイトウ・キネン・オーケストラや、演奏終了後にスタンディング・オヴェイションとブラヴォーの歓呼で熱狂した当日の聴衆も、本演奏の立役者である。
まさに、本演奏は、指揮者、オーケストラ、そして聴衆が作り上げた魂の音楽と言っても過言ではあるまい。
このような魂の音楽に対しては、前述のようにそもそも演奏内容の細部に渡っての批評を行うこと自体がナンセンスであり、我々聴き手も虚心になってこの感動的な音楽を味わうのみである。
録音は従来盤でも良好な音質ではあったが、今般のシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化によって次元が異なる鮮明な高音質に生まれ変わった。
小澤が成し遂げた渾身の超名演を、現在望み得る最高の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。
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