2014年01月01日

ラトル&ベルリン・フィルのシューベルト:交響曲第9番「ザ・グレイト」


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「『ザ・グレイト』は音楽の頂点を極めた楽曲の1つです」ラトル自身がそう語り、この曲との長い歴史を持つベルリン・フィルとともに取り組んだ、ラトル初のシューベルト録音。

ここでのラトルのアプローチには、かのフルトヴェングラーと相通ずるものを感じる。

とはいえ、音楽作品あるいは音楽演奏もまた文化であり、文化とは時代の空気を敏感に読み取って文化それ自体のなかに投影する性質を有するものであるからには、演奏スタイルにかつての巨匠の面影を求めることなど不可能なことは、歴史の証明するように、自明の理であろう。

ラトルとフルトヴェングラーに通ずるのは「アプローチの方法論」に過ぎないのだから。

そもそもシューベルトその人もまた世代が異なるとはいえ、ベートーヴェンと同じ時代に同じ街の空のもとで音楽活動をしていながら、世代が異なるがゆえにシューベルトの作品内容の核心にはベートーヴェンとは相容れない要素があることこそ、文化と時代の空気感との関係をよく物語っているのではあるまいか。

それらに思いを致してみると、この演奏に対する多くの酷評を読む限り、あまりにも表面的にしか聴いていない聴き手が多いことに危惧の念を抱いてしまう。

かつての巨匠がそうであったように、ラトルもまた時代の「新しい」空気を、鋭敏な感覚と指揮者としての類い稀なる手腕によって「新しい」シューベルト像として結実させることに成功していると言えよう。

確かにここではスケール感も重厚さも聴けはしない。

しかしシューベルトの音楽が、ピリオド楽器やピリオド・アプローチなど珍しくもなくなった今日にあって、果たしてスケールの大きい重厚な音楽であったのだろうか。

筆者に限らずそこに疑問を抱く聴き手は少なくないはずだ。

ここでのラトルとベルリン・フィルの演奏の真の価値は、テンポだのリズムの刻みだのといった極々表面の部分ではなくて、「大ハ長調」という呼称に代表されるような既成の概念にとらわれず、アグレッシヴなまでにこの音楽が本来持っている新たな生命を引き出したところにあるのではないだろうか。

音質もHQCD化により極めて鮮明となり、本名演の特徴を一層くっきりと際立たせているように感じられるところだ。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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