2014年01月26日

ミュンシュ&パリ管のベルリオーズ:幻想交響曲、ストラヴィンスキー:レクイエム・ティクルス、ドビュッシー:交響詩「海」(1967年パリ管発足ライヴ)


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3年ほど前に発売されてベストセラーになったミュンシュ&パリ管弦楽団の発足コンサートの待望の完全収録版の登場だ。

それは、以前、発売されていたCDに収録されていたベルリオーズの幻想交響曲、ドビュッシーの交響詩の「海」に加えて、新たにストラヴィンスキーのレクイエム・ティクルスがカップリングされているが、何と言っても本盤の売りは、新たなリマスタリングによって音質がより一層改善されたことにある。

以前発売のCDも、1960年代のライヴ録音とは思えないような鮮明さであったが、録音レベルの調整などによって、いい意味でより聴きやすい音質に変貌したと言えるところだ。

歴史的な超名演だけに、本盤のような高音質化の意味はより大きいと言わざるを得ないだろう。

ミュンシュの数ある名演の中でも間違いなく頂点に君臨するものと高く評価したい。

まず「海」であるが、これはパリ管弦楽団と組んだ録音が遺されていないだけに、その意味でも貴重な録音。

ボストン交響楽団と組んだいささか大味な演奏とは別人のように緻密な表現を行っている。

もちろん重厚さにも不足はなく、第1部の終結部などあまりのド迫力にミュンシュのうなり声が聴こえてくるではないか。

第3部の冒頭では、嵐を予感させるような不気味な雰囲気が漂うなど、初めて聴くような新鮮さを感じさせるし、終結部の猛烈なアッチェレランドの凄まじさ。

実に感動的な名演と言えるだろう。

そして、幻想交響曲。

筆者は、ミュンシュ&パリ管弦楽団のスタジオ録音こそ同曲最高の名演と評価してきたが、本盤はそれを凌駕する。

ということは、幻想交響曲の演奏史上最高の名演ということになる。

第1楽章の冒頭は、スタジオ録音盤以上にゆったりとしたテンポで濃厚な表現を見せる。

しかし、主部に入ると、テンポはめまぐるしく変化する。

アッチェレランド、ゲネラルパウゼなどを効果的に駆使して、これ以上を望めないようなドラマティックな名演を繰り広げている。

第2楽章も濃厚な表現であるが、終結部の猛烈なアッチェレランドは相変わらず凄まじい。

第3楽章は、やや速めのテンポで緊迫感のある演奏を心がけている点が、あまりの遅いテンポによってもたれてしまいがちな他の演奏とはそもそも次元が異なる。

ここぞという時の迫力にもいささかの不足はない。

第4楽章の冒頭はゆったりとしたテンポで、断頭台に向かう死刑囚の内面を見透かすような不気味さを強調するかと思えば、主部に入ってからのダイナミックレンジの幅の広さ。

終結部に向けてのアッチェレランドの凄まじさは、過去のどの演奏をも凌ぐド迫力だ。

終楽章は、めまぐるしくテンポが変化する曲想であるが、ミュンシュはそれを殊更に大仰に強調することによって不気味さをより一層強調しているが、これは大正解。

終結部に向けての猛烈なアッチェレランドはもはや狂気と裏腹であり、演奏終了後の聴衆の熱狂も当然だと思われる。

パリ管弦楽団は管楽器も弦楽器も実に巧く、録音も1960年代のライヴ録音とは思えないくらい鮮明だ。

このような歴史的な超名演を製品化したアルトゥスレーベルに対して、心から敬意と感謝の念を表したい。

新たにカップリングされたストラヴィンスキーの楽曲も、幻想交響曲や交響詩「海」に優るとも劣らない素晴らしい名演であり、当日のコンサートがいかに圧倒的なものであったのかがよく理解できるところだ。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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