2022年08月13日
ショルティの強烈無比の指揮についていくスーパー軍団シカゴ響の超絶的な技量👍マーラーを愛し続けてきた偉大な指揮者による記念碑的名演👉交響曲第5番(1990年ライヴ)
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1990年11月30日 ムジークフェラインザール、ウィーンに於けるライヴ録音。
ショルティ&シカゴ響のヨーロッパ・ツアーの際にムジークフェラインザールで行われた演奏会のライヴ録音。
ショルティは20世紀後半を代表する指揮者の一人であるが、我が国の音楽評論家の間での評価は実力の割に極めて低いと言わざるを得ない。
先般、お亡くなりになった吉田秀和氏などは、数々の著作の中で、公平な観点からむしろ積極的な評価をしておられたと記憶している。
しかしながらヴェルディのレクイエムなどを除いて事あるごとに酷評している未だに影響力の大きい音楽評論家をはじめ、ショルティを貶すことが一流音楽評論家の証しと言わんばかりに、偏向的な罵詈雑言を書き立てる様相ははっきり言っておぞましいと言うほかはないところだ。
ニキシュは別格として、ライナーやオーマンディ、セル、ケルテスなど、綺羅星の如く登場したハンガリー人指揮者の系譜にあって、ショルティの芸風は、強靭で正確無比なリズム感とメリハリの明晰さを旨とするもの。
そうした芸風でシカゴ交響楽団を鍛え抜いた力量は、先輩格のライナー、オーマンディ、セルをも凌駕するほどであったと言えよう。
もちろん、そうした芸風が、前述のような多くの音楽評論家から、無機的で冷たい演奏との酷評を賜ることになっているのはいささか残念と言わざるを得ない。
確かに、ショルティの芸風に合った楽曲とそうでない楽曲があったことについて否定するつもりは毛頭ない。
少なくともショルティの演奏の全てを凡庸で無内容の冷たい演奏として切って捨てる考え方には全く賛同できない。
ショルティの芸風に合った楽曲は多いと思うが、その中でも最右翼に掲げるべきなのは何と言ってもマーラーの交響曲と言えるのではないだろうか。
当盤はマーラーを愛し続けてきた偉大な指揮者による、記念碑的名演だ。
第1楽章から張り詰めた力感で聴き手を説得させ、第2楽章はよい意味での中庸を得ており、スケルツォ楽章のアンサンブルと密度の高い表情も特筆したい。
第4楽章も豊かな共感が波打つように示され、フィナーレはまさに誠実そのものの表現だが極めて説得力が強く、最後の高潮も壮大きわまりない。
加えて、本演奏の素晴らしさはシカゴ交響楽団の超絶的な技量であろう。
いかにショルティが凄いと言っても、その強烈無比な指揮にシカゴ交響楽団が一糸乱れぬアンサンブルを駆使してついていっているところが見事である。
まさにショルティ統率下のシカゴ交響楽団がいかにスーパー軍団であったのかを認識させるのに十分なヴィルトゥオジティを最大限に発揮している。
かかるシカゴ交響楽団の好パフォーマンスが、本演奏を名演たらしめるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。
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