2014年10月12日

田部京子&下野竜也のモーツァルト:ピアノ協奏曲第20番、第21番


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



こういう演奏を風格のある大人の演奏と言うのであろう。

田部京子は、先般発売されたブラームスの後期ピアノ作品集でも重厚にして深遠とも言うべき圧倒的な超名演を成し遂げていたが、本盤の演奏においても、当該演奏に優るとも劣らないような至高・至純の芸術性を発揮していると言っても過言ではあるまい。

いかなる楽曲に対しても、不断の探究心、研究心を失わない田部京子であるが、本盤に収められたモーツァルトのピアノ協奏曲第20番&第21番の演奏においても、そうした緻密なスコア・リーディングは随所に如実にあらわれている。

音符の数が極端に少ないモーツァルトのピアノ協奏曲だけに、スコアの表層に記された音符にとどまらず、各音符の行間やその背景に至るまでの深い洞察力が求められることになるが、田部京子は例によって、そうした行間や背景にも十分に目配りを行い、少なくとも同世代のピアニストとは一線を画するような奥行きの深い、そして彫りの深い稀代の名演奏を展開している。

高貴にして典雅というのがモーツァルトのピアノ協奏曲の表面的な特徴と言えるが、それだけでは薄味のムード音楽に堕してしまうことは論を待たないところである。

しかしながら、田部京子による本演奏は、そうした表層上の美しさの表現においても申し分はないところではあるが、むしろ、モーツァルトのピアノ協奏曲に込められた人生の孤独感や寂寥感と言った心眼に切り込んでいくような鋭さ、深さを兼ね備えているところであり、まさに、モーツァルトのピアノ協奏曲の演奏の理想像を具現化していると評しても過言ではあるまい。

一聴すると淡々と進行していく各旋律の端々には独特の豊かにして繊細なニュアンスが込められており、これほど内容豊かで深みのある演奏は、近年においてはかの内田光子による演奏にも匹敵するほどのレベルに達しているとさえ言えるだろう。

ピアノ協奏曲第21番における田部京子のオリジナルによるカデンツァも芸術的で実に素晴らしい。

田部京子のこうした偉大なピアノ演奏を下支えしているのは、最近売り出し中の気鋭の指揮者である下野竜也であるが、本演奏では自我を極力抑えて、紀尾井シンフォニエッタを巧みにドライブしつつ、いささかもモーツァルトらしさを失うことがない見事な名演奏を展開していると評価したい。

いずれにしても、本演奏は、田部京子の近年の充実ぶり、円熟を大いに感じさせる至高・至純の名演と高く評価したい。

そして、音質も素晴らしく、最近のSACDの中でも極上の部類に入ると言えるだろう。

田部京子のピアノタッチが鮮明に再現されるのは、まさにSACD盤の大きなアドバンテージであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

加えて、マルチチャンネルが付加されていることにより、臨場感溢れる音場の幅広さには出色のものがある。

田部京子による名演をマルチチャンネル付きのSACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎するとともに、これだけの名演だけに、今後、田部京子によるモーツァルトのピアノ協奏曲の演奏の続編を大いに期待したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:39コメント(0)トラックバック(0)モーツァルト  

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ