2014年09月08日
フルトヴェングラー/マーラー:さすらう若人の歌(F=ディースカウ)、ヴォルフ:歌曲集(シュヴァルツコップ)(SACD)
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本盤には、フルトヴェングラーのレパートリーとしてはきわめて珍しい歌曲集が収められている。
マーラーの「さすらう若人の歌」と、マーラーと同年生まれで、歌曲に劇的で深い要素を導入したことで知られる後期ロマン派の作曲家、ヴォルフの歌曲集の組み合わせだ。
このように、フルトヴェングラーにとって馴染みが薄い楽曲においても、そのスケールの大きい芸術はいささかも揺るぐことはない。
「さすらう若人の歌」はスタジオ録音、ヴォルフの歌曲集はライヴ録音(拍手入り)であるが、荘重なインテンポでいささかも急ぐことなく音楽の歩みを進めていっており、楽曲の心眼を抉り出していくような彫りの深さは、深沈とした情感を湛えていて実に感動的だ。
マーラーの「さすらう若人の歌」については、ワルターやバーンスタインによる名演が、本録音の後に登場してくることになり、本演奏のような演奏様式は時代の波に取り残されていくことになったが、それでもこのような深みのある人間のドラマとも評すべき奥行きのある名演は、人間関係やその絆が希薄になりつつある現代においてこそ、なおその存在意義は高いものと言わざるを得ないだろう。
フィッシャー=ディースカウは、その後も同曲を何度も録音しているが、本盤が随一の名唱と言えるのではないだろうか。
というのも、後年の歌唱では巧さが全面に出てしまいがちであると言えるからである(それでも、十分に堪能させてくれるので、文句がつけようがないのだが)が、本演奏では、巧さよりも人間味や情感の豊かさが全面に出てきており、フルトヴェングラーの人間のドラマの構築に大きく貢献しているのを忘れてはならない。
ヴォルフも素晴らしい名演だ。
ここでのフルトヴェングラーのピアノは、「さすらう若人の歌」における指揮ぶりと何ら変わりがないと言えるところであり、深沈とした奥行きのある演奏は、我々聴き手の肺腑を打つのに十分な凄みのある音楽の醸成に成功している。
シュヴァルツコップの歌唱も、フルトヴェングラーの凄みのあるピアノ演奏に一歩も引けを取っておらず、このような至高・至純の名演に大きく貢献していると言っても過言ではあるまい。
音質は、今般のSACD化によって、既発CDとは次元が異なる良好な音質に生まれ変わった。
特に、フィッシャー=ディースカウやシュヴァルツコップの息遣いまで聴こえるような声楽の鮮明さには大変驚かされた。
いずれにしても、このような歴史的な名演を、現在望み得る最高の高音質SACDで味わうことができることを大いに歓迎したい。
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