2014年04月24日

カラヤン&ウィーン・フィルのチャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」[DVD](1984)


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カラヤンは「悲愴」を7度もスタジオ録音したほか、一昨年発売された死の前年の来日時のライヴ録音、N響とのライヴ録音など、数多くの録音が残されている。

この中からベスト3を選ぶとすれば、ベルリン・フィルとの1971年及び1976年の録音と、本盤に収められたウィーン・フィルとの1984年の録音及び映像作品ということになるだろう。

1971年盤はライヴのようなドラマティックな名演、1976年盤は完成度の高いオーソドックスな名演であるのに対して、1984年盤は、カラヤンの晩年ならではの荘重で深遠な名演である。

序奏はあたかも死の淵にいるかのような絶望的な響きであるし、第2主題の天国的な美しさももはやこの世のものとは思えない。

カラヤンの代名詞であった圧倒的な統率力にはいささか綻びが見えているが、それを補って余りあるほどの巨匠ならではのオーラに満ち溢れている。

これは、世紀の巨匠であるカラヤンですら晩年になって到達した至高・至純の境地と言えるだろう。

第2楽章の流れるような優美なレガートもカラヤンならではのものだし、第3楽章の圧倒的なド迫力は、間近に迫る死に対する強烈なアンチテーゼと言ったところか。

終楽章の深沈たる響きの美しさには、もはや評価する言葉が追い付かない。

ベルリン・フィルとの関係が決裂状態になり、傷心のカラヤンに寄り添って、見事な名演を成し遂げたウィーン・フィルにも喝采を送りたい。

さてこの映像であるが、UNITELの流麗な指揮姿とは対照的なもの。

カラヤンのトレードマークであった目を瞑っての指揮は殆ど無く、両目を見開きながらオーケストラと真摯に対峙している。

これを痛々しいと見るか、老練の風格と見るかは視聴者次第だが、DGの音だけを聴くよりもこの映像と一緒に聴いた方が自然に感じる。

イギリスの評論家オズボーン氏も指摘するように、映像のカメラワークには「詩的」な感じがあり、演奏も時に静謐で、時に凄みを感じるほど劇的。

かつての演奏にあった力みがなく、特に最終楽章には深い悲しみが漂う。

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