2014年05月01日
ショルティ&ウィーン・フィルのマーラー:交響曲第1番「巨人」/バルトーク:ピアノ協奏曲第3番(A・フィッシャー)
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1964年8月16日、ザルツブルク祝祭大劇場に於けるライヴ(モノラル)録音。
1964年当時のショルティはまだシカゴ響の音楽監督就任前で、ロンドン響やパリ管などを振っていた時期。
若きショルティの溌剌とした指揮振りはまさにマーラーにはピッタリだと思う。
若かりしショルティ、となればさぞかしウィーン・フィルをゴリゴリいわせていたんだろうなぁと容易に想像がつくが、このCDも例外ではない。
気力体力充実し、パワーがみなぎっていた全盛期ショルティがウィーン・フィルをつかまえて、得意のマーラーをもの凄いボルテージで聴かせる。
打楽器の衝撃、金管楽器の異常な咆哮など、モノラルながら凄い激烈な迫力。
終楽章などショルティとウィーン・フィルが一体化して、ほとんど狂気の沙汰としか言いようのない爆発熱狂ぶりで、なにもここまでと唖然とするばかり。
異様なまでのテンションでばく進していくウィーン・フィルが必死になって大音量を炸裂させている様は理屈ぬきで楽しめる。
ウィーン・フィルの「巨人」と言えばクーベリックとマゼール、あとクレツキとこのザルツブルグでのショルティのライヴがあるくらいで意外と少ない。
ここではウィーン・フィルは後期ロマン派を演奏する彼らのいつもの蒸せるような香水の薫りとフェロモンを撒き散らすデカダンスの世界ではなく、ショルティの薫陶で見事なプロレスラーに変身し、鎧をまとった力持ちに変貌している。
聴いていて、そもそもどうしてショルティはマーラーが得意だったんだろうとも感じるが、得意のせかせか節を含め自信満々の演奏に青臭いさすらう若人のデリカシーは求めようもないが、非常な熱演と評価したい。
そういったショルティの演奏に賛否が分かれるのは仕方が無い。
でも、何も主張しない指揮者に比べればこれだけ強烈な個性を惜しげもなくさらけ出して、突きつけてくることができるのが、ショルティという指揮者のすばらしいところだ。
得意のバルトークも、相手が同郷のアニー・フィッシャー女史だけに、単に美しいだけではなく、アクセントが強くホットなアプローチが大変な聴きものである。
録音は、ちょっと音が遠いのが惜しまれるが、ウィーン・フィルの豊潤な響きを感じ取ることができる。
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