2014年05月03日
ギレリスのモーツァルト:ピアノ協奏曲第21番(コンヴィチュニー)/チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番(ケーゲル)
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モーツァルトは、1960年11月のライヴ、チャイコフスキーは1965年3月のライヴで、全て良好なモノラル・ライヴ録音。
ギレリスが旧東独の巨匠と共演した凄絶なライヴ。
チェイコフスキーはギレリス&ケーゲルという東側期待の顔合わせで、予想を裏切らない激演ライヴ。
第1楽章冒頭のホルンは、やはりケーゲル、どこかうつろに始まるが、続くギレリスの強靭な打鍵が激しい。
あたかもギレリスはハンマーで鍵盤を叩いたような激しい弾きっぷりで、ケーゲルの伴奏が、オケとピアノ、バランスがとれていないような、とてもがっぷりくんでいるような、さすがの絡み。
第2楽章は、微妙な美しさで聴き手を魅了し、そして転がり落ちて行くような、激走の第3楽章は、ところどころテンポが落ちながら、最後は花火が打ち上がるように爆発して終息。
意外に拍手は最後の音にかぶさらない。
これを聴いたら、他が物足りなくなる演奏だ(ホロヴィッツ盤を除く)。
コンヴィチュニーとの第21番も硬質なモーツァルトがとてもいい感じで聴ける。
この1枚、改めてギレリスの凄さを思った。
というのも、伴奏はコンヴィチュニーとケーゲルという実力者。
それなのに、聴き手の注意は知らず知らずのうちにピアノに吸い付けられてしまうのである。
清潔なピアノで美しく奏でられるモーツァルトもさることながら、ケーゲルの謹厳な伴奏を得た十八番のチャイコフスキーに於ける豪快で、大胆、それでいて計算し尽された名技の奔流・・・。
堂々たると言おうか、スター性、カリスマ性と言ってもいいが、いつの間にか、われこそが主人公という存在感でその場を支配してしまう。
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