2014年05月26日

ワルター&コロンビア響のマーラー:交響曲第1番(GRAND SLAM盤)


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当盤は、GRAND SLAMレーベル設立以来の、最高の音質と言われ、信じられないほどの情報量の多さで、広がりの豊かさ、定位の明確さ、そして全体の艶やかで瑞々しい音色は腰を抜かさんばかり。

もともと、音質が良い盤だっただけに、当盤のさらなる飛躍的な音質向上には、耳を疑うばかりだ。

これは数多いワルターの録音の中でも最高傑作の一つに挙げられる名演中の名演である。

出来映えはニューヨーク・フィルとのモノーラルを遥かに凌ぎ、一点の無駄もない古典化された演奏である。

たとえば第1楽章のコーダや第2楽章をバーンスタインと比べてみれば、ワルターのほうがずっと淡々として枯れた解釈であることがわかるはずだ。

しかし、さらに付け加えなければならないのは、こうしたもろもろの芸、もろもろの巧さと情緒が、ワルター個人の芸術、マーラー自身の芸術という範囲を遥かに超えて、最も普遍的な音楽にまで達している点である。

たとえばメンゲルベルクのマーラーは、生前ワルター以上と讃えられたものだった。

しかしどこかにメンゲルベルクの癖とマーラー臭さを感じさせる。

メンゲルベルクを持ち出さなくても、ワルターの他の演奏がすでにそうだ。

ところがこの「巨人」は、ワルターが自分自身の個性を最大限にまで発揮しながら、それがすべてマーラーの音楽自体に純化し、そのマーラーの音楽がさらに個人的なものを脱して普遍性を獲得しているのである。

ワルター、マーラーという音楽家への好き嫌いを超越して、万人を感動させる芸術がここに生まれたのだ。

これこそ指揮者として最高の境地を言わねばならない。

かくしてこの演奏は、ワルター的、マーラー的、ウィーン的などという形容を許さず、それどころか録音ということさえも忘れさせてしまう。

耳を傾けてみよう。

スピーカーの前面いっぱいを、いや、聴いている部屋全体を満たす巨大な音の像、これは一体何であろうか。

機械音楽であることをまず忘れさせ、眼前にオーケストラや指揮者や楽譜が浮かぶという次元をも超越して、大きく結ばれる音像の出現、これこそワルターが成し得た不滅の理想像ではなかろうか。

そこにこそ音楽は善への使徒として美の究極の姿を示したのだ。

なぜならば、この録音を共に聴くことを許された幸福な人々に生まれる、類ない愛の心がそれを証明するからである。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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