2022年10月14日
🦸♂️クラシック音楽史上最大⏺️レコーディング・アーティスト🧑🦳カラヤンのラスト・レコーディング😢相応しい至高の高峰に聳え立つ🔆ブルックナー:交響曲第7番
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本盤に収められたブルックナーの「第7」は、クラシック音楽史上最大のレコーディング・アーティストであったカラヤンの最後の録音である。
カラヤンは、様々な名演を数多く遺しているが、本演奏はそうした数多くの名演の中でも、そして、様々な指揮者によるブルックナーの「第7」の名演の中でもトップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。
カラヤンは、膨大な録音を行っていることからも窺い知ることができるように、常にレコーディングを意識して活動していた。
カラヤンの演奏は、鉄壁のアンサンブルを駆使して、楽曲を徹底的に美しく磨き抜くとともに、流麗なレガートの下、金管楽器のブリリアントな響き、雷鳴のようなティンパニ、肉厚の弦楽合奏などが混然一体となった重量感溢れる演奏(一般的に、カラヤンサウンドと言われる)を特徴としていた。
特に、そうした特徴は、長らく芸術監督をつとめたベルリン・フィルとの演奏において顕著であり、数々のスタープレイヤーが揃っていた当時のベルリン・フィルの卓越した技量も相俟って、1960〜1970年代のカラヤン全盛期には、オーケストラ演奏の極致とも言うべき数々の名演奏を成し遂げていた。
とある影響力の大きい某評論家などは、かかる演奏に対して精神的な深みの欠如を云々しているが、そうした批判を一喝するだけの圧巻の音のドラマを構築していたと言える。
ところが、1980年代に入ると、ザビーネ・マイヤー事件の勃発によりベルリン・フィルとの関係が修復不可能にまで悪化するとともに、カラヤン自身の健康悪化も加わり、カラヤンの演奏には、1970年代までの演奏のような凄みが欠如するようになった。
そうした失意のカラヤンにあたたかく手を差し伸べたのがウィーン・フィルであった。
1980年代以降、カラヤンがウィーン・フィルを指揮した演奏には、圧倒的な統率力でオーケストラを統御して音のドラマを構築した全盛期の面影はなくなり、むしろ、自我を抑制し、音楽そのものを語らせる自然体の演奏を心掛けるようになったと言える。
これは、ウィーン・フィルというオーケストラの特色を重んじたものか、あるいはカラヤンの肉体的な衰えによるものかは定かではないが、いずれにしても、こうしたカラヤンの芸風も、最晩年になって漸く到達し得た悟りにも似た清澄な境地であったのかもしれない。
したがって、この時期にウィーン・フィルと録音した演奏には、いわゆるカラヤン的な演奏とは随分と異なる装いの名演が多く、チャイコフスキーの「第6」、ドヴォルザークの「第8」及び「第9」、シューマンの「第4」、ブルックナーの「第8」など、枚挙にいとまがない。
そうした一連の名演の中での頂点に君臨するのが、本盤に収められたブルックナーの「第7」である。
ここには、オーケストラを統率して、圧倒的な音のドラマを構築したかつてのカラヤンはどこにも存在しない。
ただただ、ブルックナーの素晴らしい音楽が、これ以上は求め得ないような美しさを持って滔々と流れていくのみだ。
しかも、表面上の美しさにとどまることなく、どこをとっても奥深い情感がこもっており、あたかもカラヤンがこれまでの波乱に満ちた生涯を自省の気持ちを込めて振り返るような趣きさえ感じられる。
このような崇高な高みに達した名演は、カラヤンとしても生涯の最後になって漸く到達し得た至高・至純の境地にあると言えるのではないか。
まさに本名演こそは、クラシック音楽史上最大のレコーディング・アーティストであったカラヤンによるラスト・レコーディングに相応しい至高の高峰に聳え立つ超名演であると高く評価したい。
なお、本盤はSHM−CD盤であるが、本名演の歴史的な価値に鑑み可能であれば、現在話題のシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤で発売して欲しいと思う聴き手は筆者だけではあるまい。
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