2014年06月15日

ザンデルリンク&ベルリン響のショスタコーヴィチ:交響曲第10番


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ザンデルリンク盤は1977年のスタジオ録音で音質が良く、ムラヴィンスキーとともに持っていたい。

ドイツ風の重厚な名演だ。

ザンデルリンクは、旧東ドイツ出身の指揮者ではあるが、旧ソヴィエト連邦において、ムラヴィンスキーの下、レニングラード・フィルの客演指揮者をつとめていたこともあり、ショスタコーヴィチの演奏について、ムラヴィンスキーの薫陶を得ていたものと思われる。

もちろん、ムラヴィンスキーの演奏とはその性格を異にするが、それでも、その演奏に通低する精神性においては、共通するものがあるのではないかと考える。

ショスタコーヴィチは、現在の北朝鮮のような国において、粛清の恐怖に耐えながら、したたかに生き抜いてきた。

そうした死と隣り合わせの恐怖が、各交響曲の根底にあると考えられる。

だからこそ、ムラヴィンスキーの演奏には、単に、初演者であるからというのにとどまらない、強い説得力があるものと言える。

ザンデルリンクも、前述のように社会主義政権下にあった東独出身であり、こうした恐怖には強く共感するものがあったと考える。

本演奏には、前述のような、厳しい造型美を旨とするドイツ風の重厚な佇まいに加えて、ショスタコーヴィチの交響曲の本質を鷲掴みにした凄みのある深い共感に満ち溢れている。

第1楽章は遅いテンポで格調高く、じっくりと攻めており、スケールが大きい。

閃きや鋭さはムラヴィンスキーの方が上だが、クライマックスにおける音の洪水には体が流されそうだし、(12:01)からのスタッカート指定を強調し、弦のリズムでものをいう表現は、前者とはまったく違うスタイルで、音彩もすばらしい。

この直後に連続する内容いっぱいの音楽は、どれほどの最強音になっても美感を失わず、しかも味わいは濃厚、ここだけはムラヴィンスキーを大きく超えている。

第2楽章の強靭なリズムとアンサンブルも聴きものだが、強音部になるととかく金管の音色の単調さが目立つのはどういうわけだろうか。

第3楽章は表現を整理しすぎ、整然とした佇まいがマイナスに作用しているが、冒頭部は美しいし、コーダの感慨深さも特筆すべきだ。

終楽章も、単なる苦悩から歓喜へというようなお祭り騒ぎにはなっておらず、ムラヴィンスキーの演奏と同様に、テンポを落とした幾分控えめな終結が印象的である。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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