2014年06月29日

ブレンデル&マッケラスのモーツァルト:ピアノ協奏曲第9番「ジュノーム」&第25番


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ブレンデルにまたモーツァルトの“周期”がおとずれていた。

約15年かけて成したマリナーとの共演によるモーツァルトのピアノ協奏曲全集は、ブレンデルの代表盤のひとつと目されるが、それに飽き足らぬかのように貪欲に進化しつづけ、新たな地平を切り開いてみせるのはさすが。

脱帽である。

マッケラス&スコットランド室内管とによるこのシリーズもすでにこのアルバムで3点目。

本盤の第9番「ジュノーム」と第25番のカップリングは一見すると“落差”があるようにも思われるが、実際には第9番「ジュノーム」は後期作品と比較しても一歩もひけをとらぬ逸品であり、ブレンデルの演奏はそれを如実に示す。

無邪気な子供が「ホラ、これって素敵でしょう?」と言って自分の宝物をみせびらかすような屈託のない喜びと感動がヒシヒシと伝わってくるのだ。

マッケラスの棒もきわめてポジティヴで、活気のあるアンサンブルによりピアノが一層際立って聴こえる。

とりわけ第9番「ジュノーム」が出色だ。

筆者はモーツァルトの一桁台のピアノ協奏曲は殆ど聴く事がなく、第9番「ジュノーム」もこのCDと出会うまでは、滅多に聴くことがなかった。

このCDは第25番との併録であり、初めはその前座のような気持ちで聴いた。

モーツァルト初期の他愛のない作品と思って聴き始めたのだが、それにしてもなんという、優しい「ジュノーム」なのであろうか。

表情豊かな慈愛に満ちた名演で、後期の協奏曲に少しも劣らない中身の濃さを感じさせてくれる演奏であった。

特に第2楽章に心が打たれる。

ブレンデルの演奏がそう感じさせるのかも知れない。

弱音のなんとも慈しみに満ちた、それでいて哀しい音楽。

これらはまさに、人間だから出せる音としか思えない。

冒頭のオケの悲愴感極まる演奏から、ピアノが地の底から湧き上がるかのように、それでいて静かに、あくまでも自然に入ってくる様は、この曲のこの楽章の《心》を伝えている。

21歳のモーツァルトがどのような思いで、この曲を書き上げたかは知らない。

天才の気まぐれなのか、なんなのか。

しかし、見事にこの世界における哀しみの一つを音として現している。

感動的名演。

演奏の内容もさることながら、この録音には脱帽で、奥行き感を伴った、オーケストラと見事なホールトーンの中からピアノの実体感が醸し出される。

これまでこれ以上のピアノ・コンチェルトの録音を聴いた事がない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:53コメント(0)トラックバック(0)ブレンデル | マッケラス 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ