2014年07月12日

ケーゲル&ライプツィヒ放送響のブラームス:交響曲第1番、ハイドン:交響曲第81番


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これまで、ヴァンデルノートとコンヴィチュニーのライヴ録音、放送録音をリリースしてきたドイツのヴァイトブリックでは、新たに「ヘルベルト・ケーゲルとライプツィヒ放送響の芸術」というシリーズをリリースすることになったそうで、第1回新譜として3枚のCDが発売になり、これはその中で最初にリリースされたものである。

ケーゲル指揮のハイドンの交響曲第81番は初めて聴いたが、ブラームスの交響曲第1番はオード・クラシックから1961年の録音が発売されていた。

最初に収録されているハイドンの交響曲第81番は,いわゆる「パリ・セット(第82〜87番)」の1つ前の作品で、あまり演奏頻度の高い作品ではないのだが、後年の作品のようなかっちりした構成感はまだないにしても、デリケートでフレッシュな表情があって非常に魅力的だ。

演奏の方も、肩の力を抜いて、旋律の美しさを率直に歌い上げており、特に際立った表情を聴かせているわけではないが、この演奏で特徴的なのは、透明な美しい響きと練達のアンサンブルの中に張りつめた皮膚感覚が同居していて、緊張感を感じながら、感興に満ちた美しい演奏に聴き入るような思いがして、やはりこれはケーゲルならではの表現の世界と言えるのではないだろうか。

続く、ブラームスの交響曲第1番は、第1楽章から大変聴き応えがある新鮮さであり、冒頭のティンパニの連打は控え目で弦の合奏が強く出て、意表を突かれ、その後もなかなか味わい深い。

しかも、音の質感の冷たいのが、ひしひしと伝わってくるのもケーゲルらしく、圧倒するものがある。

テンポはいくらか遅めで、ことさら表現を強調することもなく、むしろオーソドックスで端正な演奏と言えるほどなのだが、演奏全体が無機的な緊張感ともいうべき独特の雰囲気に支配されていて、フォルテやピアノ、テンポを落としながらのカンタービレなど、特に奇を衒ったところはなさそうなのに、それが終始無表情に演奏されているので、どこか薄ら寒さを感じてしまうほどである。

これは、人間的なぬくもりや、心からの共感といった演奏とは対極にあり、非常に表現主義的とも言えるのだが、グロテスクさは全くないし、むしろクールで無機的な美しさを感じるのである。

それが研ぎ澄まされた緊張感とともにあるため、聴き手に極度の緊張と集中を強いる演奏になっているところは、この演奏の際立った特色ではないかと考える。

ケーゲルというと独自の緊張感を伴った、時に「猟奇的」といわれる演奏を聴かせたりもするのだが、このCDで聴ける演奏は、いずれもクールビューティな面と曲趣に応じた劇性とを堪能しつつも、ケーゲル独自の研ぎ澄まされた感性と、リアルで非感傷的な視線には恐ろしさすら感じてしまう演奏であった。

全体として、カラヤンのロンドン・ライヴ盤以来のインパクトであった。

筆者自身はこの演奏に強く惹き付けられ、その美しさも、無表情に呵責ない表現を聴かせる激烈さも、存分に堪能したのだが、一般的な意味での「聴いて楽しめる演奏」とは言い難いのは事実であり、これは誰にでもお勧めできる演奏ではないけれども、ぜひともチャレンジ精神を持って聴いてもらいたいCDである。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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