2014年07月24日

バーンスタイン&ウィーン・フィルのブルックナー:交響曲第9番


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バーンスタインは、クラシック音楽史上最大のマーラー指揮者であると考えるが、これに対して、ブルックナーについては交響曲第9番しか演奏していない。

その理由は定かではないが、自らの芸風との相性や宗教上の問題など、様々な問題があったのかもしれない。

もっとも、交響曲第9番については、2度にわたって録音していることに鑑みれば、バーンスタインは同曲に対しては深い愛着と拘りを有していたと考えられるところだ。

最初の録音は、当時の手兵であったニューヨーク・フィルとの演奏(1969年)、そして2度目の録音が本盤に収められたウィーン・フィルとの演奏(1990年)である。

最初の録音は、いかにも若き日のバーンスタインならではの爽快な演奏と言えるだろう。

この当時のバーンスタインは、ヤンキー気質の爽快な演奏の数々を成し遂げていたが、当該演奏もその一連の演奏に連なるものであったと言える。

そのようなバーンスタインも、ニューヨーク・フィルの音楽監督を離任し、ヨーロッパに拠点を移した後、とりわけ1980年代に入ってからは、テンポは異常に遅くなるとともに、濃厚でなおかつ大仰な演奏をするようになった。

このような芸風に何故に変貌したのかはよくわからないところであるが、かかる芸風に適合する楽曲とそうでない楽曲があり、途轍もない名演を成し遂げるかと思えば、とても一流指揮者による演奏とは思えないような凡演も数多く生み出されることになってしまったところだ。

具体的には、マーラーの交響曲・歌曲やシューマンの交響曲・協奏曲などにおいては比類のない名演を成し遂げる反面、その他の作曲家による楽曲については、疑問符を付けざるを得ないような演奏が目白押しであったように思われる。

本盤に収められた演奏も、ゆったりとしたテンポによる熱き情感に満ち溢れた濃厚さは健在であり、例えば、本盤の後に登場したヴァントや朝比奈などの名演などと比較すると、あまりにも人間臭く、そして表情過多でもあって、ブルックナーの交響曲演奏としては異質にさえ感じられるとも言えるだろう。

したがって、本演奏をいわゆるブルックナー的な演奏ではないと言って切り捨てるのは容易であると考えられる。

しかしながら、本演奏は、死の数か月前の演奏ということもあって、バーンスタインが自らのこれまでの人生を自省の気持ちを込めて振り返るような趣きがあると言えるところであり、人生の諦観や枯淡の境地を感じさせるような独特の味わい深さが存在していると言えるのではないだろうか。

そして、ウィーン・フィルも、そうしたバーンスタインの心底に深く共感し、望み得る最高の演奏を展開しているとも言えるところだ。

バーンスタインのいささか荒々しささえ感じさせる指揮によるブラスセクションの無機的な響きも、ウィーン・フィルによる美音によって、独特の潤いと温もりを付加するのに貢献しているのを忘れてはならない。

いずれにしても、本演奏は正統派のブルックナー演奏とは言い難いものであるが、バーンスタインが最晩年に至って到達し得た至高・至純の境地をあらわした佳演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

音質は従来CD盤でも十分に満足できる高音質であったが、今般のSHM−CD化によって、音質がより鮮明に再現されるとともに、音場が幅広くなったように思われる。

いずれにしても、バーンスタインによる最晩年の佳演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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