2014年08月30日

アラウ&ジュリーニのブラームス:ピアノ協奏曲第1番、第2番


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20世紀後半を代表する指揮者の1人であったジュリーニは、いわゆる完全主義者であったということもあり、そのレパートリーは、これだけのキャリアのある大指揮者にしては必ずしも幅広いとは言えず、しかも録音にはとりわけ厳しい姿勢で臨んだことから、録音の点数は必ずしも多いとは言い難い。

そうした中にあって、ブラームスの交響曲全集を2度にわたってスタジオ録音しているというのは特筆すべきことであり、これは、ジュリーニがいかにブラームスに対して愛着を有していたかの証左とも言えるところだ。

協奏曲についても、ヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲のスタジオ録音を行っており、とりわけピアノ協奏曲第1番については、アラウと組んだ演奏(1960年)、ワイセンベルクと組んだ演奏(1972年)の2つの録音を遺している。

これに対して、筆者の記憶が正しければ、ピアノ協奏曲第2番については、本盤に収められたアラウとの演奏(1962年)のみしかスタジオ録音を行っていない。

ジュリーニの芸風に鑑みれば、同曲の録音をもう少し行ってもいいのではないかとも思われるが、何故かワイセンベルクとは第2番の録音を行わなかったところである。

いずれにしても、本演奏は素晴らしい。

それは、何よりもジュリーニの指揮によるところが大きいと思われる。

第1番は、録音年代が1960年ということもあり、ジュリーニ、アラウともども壮年期の演奏。

後年の円熟の大指揮者、大ピアニストとは全く違った畳み掛けていくような気迫や強靭な生命力を有しており、ブラームスの青雲の志を描いたともされる同曲には、そうした当時の芸風が見事にマッチングしていると評しても過言ではあるまい。

第2番も1962年という壮年期の演奏ではあるが、いささかの隙間風の吹かない、粘着質とも言うべき重量感溢れる重厚な演奏の中にも、イタリア人指揮者ならではの歌謡性溢れる豊かな情感が随所に込められており、まさに同曲演奏の理想像を見事に具現化していると評しても過言ではあるまい。

アラウのピアノ演奏は、卓越した技量を発揮しつつも、派手さや華麗さとは無縁であり、武骨とも言えるような古武士の風格を有した演奏を展開している。

かかるアプローチは、第1番には適合しても、第2番では味わい深さにおいていささか不足しているきらいもないわけではないが、ジュリーニによる指揮が、そうしたアラウのピアノ演奏の武骨さを多少なりとも和らげ、演奏全体に適度の温もりを与えている点を忘れてはならない。

いずれにしても、本演奏は、ジュリーニ、アラウともに、後年の演奏のようにその芸術性が完熟しているとは言い難いが、後年の円熟の至芸を彷彿とさせるような演奏は十分に行っているところであり、アラウのピアノ演奏にいささか足りないものをジュリーニの指揮芸術が組み合わさることによって、いい意味での剛柔のバランスのとれた名演に仕上がっていると評価したい。

この両者が、例えば1980年代の前半に両曲を再録音すれば、更に素晴らしい名演に仕上がったのではないかとも考えられるが、それは残念ながら叶えられることはなかったのはいささか残念とも言える。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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