2014年09月14日

スクロヴァチェフスキ&ベルリン・ドイツ響のショスタコーヴィチ:交響曲第10番


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2003年5月 ベルリン・フィルハーモニーに於けるライヴ録音。

巨匠スクロヴァチェフスキが、近年客演を繰り返すドイツの名門ベルリン・ドイツ響(旧西ベルリン放送響)の優秀さを存分に生かし、稀に見る緊張感を孕んだ強烈な演奏の登場で、これは確かに素晴らしい演奏だ。

スクロヴァチェフスキは、当曲をマンチェスターのハレ管弦楽団とも録音していたが、オーケストラの能力には如何ともし難い部分があったのは事実であり、今までどうしても優秀オケとの共演盤に恵まれなかっただけに、この演奏は歓呼を持って迎えられた。

スクロヴァチェフスキは、オーケストラに対し非常に要求の厳しい指揮者であり、その指示命令を完璧にこなすには、相当の技量を持ったオーケストラでないと上手くいかないことは、ファンなら良く知る所と言えよう。

ムラヴィンスキーを想起させる辛口でキリリと引き締まった快速テンポが採用され、変幻自在な棒さばきにベルリン・ドイツ響が見事に反応する様子は魔術のようである。

音量の強弱、大小のコントラストの強さは、凄絶を極めているが、指揮者が音楽をあまり締め付けず、手綱を緩めた結果、オケの自在性がその潜在力を最も発揮した例のように思われる。

ベートーヴェンでもブルックナーでも、スクロヴァチェフスキはあまりに厳格なコントロールがやりすぎの感を抱かせるときがあり、それが音楽をスケールの小さなものにしている気がする。

そんな演奏は「箱庭」の音楽などと揶揄されるが、ベートーヴェンでも「第9」やブルックナーでも「第6」(CD)、「第7」(ザールブリュッケン放送響の東京公演)など、はまった演奏のときは大抵オケに自在感があり、揺るぎない造形の上に一期一会の名演となる。

オーケストラのアルチザンとしては、造形の破綻は言語道断なのであろうし、造形を揺るがせてまで表現に賭けるという、あるいは造形には目を瞑って表現に賭けるなどということは、スクロヴァチェフスキには考えられないことなのだろう。

これが、ヨーロッパ・シリアス音楽の伝統というものであるが、その職人性が度外れな場合、悪くすると凝り固まった凡演ともなる。

CDのブルックナー全集は多くがそうしたものだったが、これは、いずれも造形に対する執拗な追究が音楽から色や艶を拭い去り、曰く言い難いインスピレーションを消去してしまうのだろう。

本ディスクは、スクロヴァチェフスキの美点がすべてプラスとなって、近年では、インバル&都響と並んで稀に見る名演となっている。

ショスタコーヴィチを愛する人は勿論、初めて聴く人にも一番にお薦めできる。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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