2014年09月17日

シェリングのベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲(クレンペラー)、バッハ:シャコンヌ


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シェリングとクレンペラーという夢の共演が実現したベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の登場だ。

1957年秋のベートーヴェン・ツィクルス(その素晴らしい演奏の模様は「第9」やアラウとの協奏曲で聴くことが出来る)に続いて、クレンペラーが指揮をした1959年のベートーヴェン・フェスティヴァル(1958年はクレンペラーの生死に関わるといわれた大火傷によってベイヌムが指揮をとった)におけるコンサートのライヴ録音である。

クレンペラーはこの年、全8回のコンサートを指揮、全9曲の交響曲のほか、序曲や3曲のピアノ協奏曲(独奏はアンソニー・ディ・ボナヴェントゥラ)が演奏されたが、シェリングをソリストに迎えたヴァイオリン協奏曲の演奏は、中でもひときわ高い感銘を聴衆に与えた。

「これほどの力強さ、輝かしさ、たくましさをもって、この作品に取り組めるヴァイオリニストが現在何人いるだろうか」と、当時のデイリー・テレグラフ紙も絶賛していた。

実際、ここでのシェリングは彼独特の構成感と艶やかな音色、そして何よりもその貴族的ともいえる優雅さで全曲を圧倒し、聴き手を最後まで釘付けにしている。

さらに、クレンペラーのサポートが凄く、彼は1966年にメニューインとともにベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲をEMIに録音しているが、何度もリハーサルや実演を重ねたにもかかわらず、本人にとって決して満足のいく出来栄えではなかったようだ。

また、1957年のツィクルスの際にも、トッシー・スピヴァコフスキーのソロで同曲を演奏しており、レコーディングの要望もあったようだが、クレンペラーはそれを拒否。

クレンペラーのベートーヴェンのスコアに対する妥協のない厳しい姿勢を完全に理解することは、並大抵のヴァイオリニストにとっては至難の業なのかもしれない(当時41歳のシェリングはそんなクレンペラーの高い要求に応える演奏を成し遂げていると言える)。

前述したように、この1959年はクレンペラーが前年に致命傷ともいえる大火傷から不死鳥のごとく復活し、偉大なる巨匠へと変貌する基軸となった年。

実際、ここで聴かれる演奏も、第1楽章から恐ろしく張り詰めたオーケストラの緊張感のなかで始まり、EMIのレコーディングにもまして際立つ木管群とここぞとばかりに叩きつけられるティンパニの強打に打ちのめされた後、クレンペラーでしか到達し得ないであろうあまりにも気高く崇高な第2楽章を経て、怒涛のコーダで終焉を迎える第3楽章で結ばれている(その結果は聴衆の拍手が物語っている)。

このような一点もゆるがせにしない完璧な音楽のフォルムや輝かしい音色、そして何より志の高さを感じさせる高潔な精神性は、まさにクレンペラーの思い描く理想のベートーヴェン像の顕現と言えるだろう。

余白に収録されている「シャコンヌ」は、1967年(あの名演として名高いDGへの全曲録音と同じ年)に、BBCのために行われたスタジオ・ライヴにおける録音で、ここでもシェリングの音楽に対する真摯な姿勢は聴くものの胸を打つ演奏となっている。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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