2014年10月01日

ヤンソンス&バイエルン放送響のシベリウス:交響曲第1番、他


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ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とバイエルン放送交響楽団という欧州2大名門を手中に、そのキャリアの絶頂を極めたかにもみえるヤンソンス。

このバイエルン放送響とのシベリウスは、そんなヤンソンスの芸境が以前とは比較にならないほど高度な領域に達していることを痛感させる、ある意味では信じがたいほどの名演。

まずは第1楽章の冒頭、ティンパニの静かな持続音を背景に現れるクラリネット・ソロの艶やかさに魅了されるが、この瞑想的な静寂を破るヴァイオリンの、まるで清水のように透明な新鮮さ、そこから始まる主題提示が金管のフォルティッシモに至るまでのわずかの間に示された、厳重をきわめたパート・バランスの管理から生まれる豊富な音型情報、オケ総員の呼吸を1人も漏らさずまとめ上げた感のある、極めて自然で弾力のある流動感等々、荒々しさばかりを強調した他の演奏からは聴かれない、美的にしてしかも力強い音楽には、まさに目からウロコが落ちる思いを禁じ得ない。

この細部に対する厳しい視線と流れるような旋律表現との共存が、この演奏を成功に導いた要因と言えるだろう。

同じ第1楽章の展開部における木管アンサンブル(6:25〜)の克明なことには仰天で、ほとんど単なる経過句として単調に処理された演奏も多いなか、多様な響きの面白さを立体的に、しかも時間の経過とともに景観を異にしていくかのような見事なコントロールとリズム感の鋭さ、響きに対する鋭敏な感覚には、かつて薫陶を受けたという故ムラヴィンスキーからの強い影響を思わせる。

この展開部に続く再現部(7:05〜)のしなやかな旋律美は、直前までが恐ろしいほど厳しかっただけに効果絶大で、なにか心が晴れ晴れと解放されるようなその感覚は、ヤンソンスのムチのように強くしなやかなフレージングによって壮健な肉体性さえも備え、弛緩した印象などは無縁だ。

もちろん、そうしたことを完全に実行するには、バイエルン放送響の高度な機能性を抜きには考えられないことであろう。

もともとヨーロッパ屈指の実力を誇るこの団体が、この演奏では従来よりさらに一段とレヴェル・アップしているように思えるのは、やはりヤンソンスとの相性の良さを物語るものなのであろうか。

持ち前の機動力はもちろん、総体としてのアーティキュレーションの統一感は、これがライヴであることを考えればほとんど信じがたいほど。

個々のソロ・パートの見事さは言うに及ばずで、とりわけ第3楽章を筆頭とするティンパニの名人芸には脱帽、いささか取りとめの無い印象もあるこの作品をタイトに引き締める絶妙な効果を上げている。

総じて言えることは、この演奏が従来にないほど細部に神経を通わせ、内在する豊富な情報を限界まで引き出してみせたということであろう。

その精密度は、これまでもっとも緻密とされたベルグルンドとヨーロッパ室内管の演奏に唯一匹敵すると言いたいほどだ。

しかもそのうえ、ここにはフル・オーケストラならではの厚みのあるサウンドと荒々しい力感があるのだから、もはやこれ以上望むものはない。

録音も優秀で、しっとりと濡れたような音色の艶やかさが全編にわたって保持される一方、細部の解像度の高さ、音の透明感を備えた、まさに究極のライヴ録音と言いたいところである。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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