2022年08月29日

バルビローリ&ハレ管のシベリウス:交響曲全集、管弦楽曲集


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バルビローリは、遺された録音に鑑みても極めて広範なレパートリーを誇った指揮者であったが、その中核をなしていたのはマーラーとシベリウスと言えるのではないだろうか。

中でも、本盤に収められたシベリウスの交響曲全集と主要な管弦楽曲集は、バルビローリが遺した最大の遺産の1つではないかとも考えられる。

バルビローリは、本盤に収められた演奏以外にもシベリウスの交響曲や管弦楽曲の演奏の録音を遺しており、EMIにモノラル録音したハレ管弦楽団との第2番の名演(1952年)やcheskyへのスタジオ録音であるロイヤル・フィルとの第2番の名演(1962年)、数年前にテスタメントから発売された1968年の第5番の名演(ライヴ録音)などもあるが、音質やオーケストラの安定性などを総合的に考慮すれば、筆者としては本盤に収められた演奏がバルビローリのシベリウスの代表盤であると考えているところだ。

バルビローリのシベリウスは、何と言ってもヒューマニティ溢れる温かさが魅力である。

本盤に収められた演奏は、交響曲のみならず小品においても、どこをとっても人間的な温かさに満ち溢れていると言えるだろう。

それでいていささかも感傷的に流れないのはバルビローリのシベリウスの優れている点であり、常に高踏的な美しさを湛えている。

そして、その美しさはあたかも北欧の大自然を彷彿とさせるような清澄さを湛えていると言えるところであり、バルビローリのシベリウスはまさに人間的な温もりと清澄な美しさが融合した稀有の演奏であると言えるのではないかと考えられる。

このような演奏は、とりわけ近年の北欧出身の指揮者による透明感溢れる精緻な演奏などとは一味もふた味も異なっているが、バルビローリのシベリウスには一本筋の通った確固たるポリシーがあり、シベリウス演奏の1つの理想像として有無を言わせない説得力を有しているものと言える。

交響曲第1番については、第1楽章の冒頭においてより鋭角的な表現を求めたい気もしないではないが、終楽章の心を込めたヒューマニティ溢れる旋律の歌い上げなども極上の美しさを誇っており、名演との評価をするのにいささかの躊躇をするものではない。

交響曲第2番については、壮麗な迫力と人間的な温もりが高度な次元で融合した、いい意味での剛柔のバランスのとれた素晴らしい名演。

交響曲第3番については、第1楽章は誰よりも遅いテンポで開始されるが、その味わい深さは絶品だ。

第2楽章の北欧のいてつく冬を思わせるような音楽にも独特の温かさがあり、終楽章の終結部に向けての盛り上がりも申し分のない迫力を誇っている。

交響曲第4番における深遠さも、バルビローリの手にかかると、決して救いようのない暗さに全体が支配されるということがなく、血も涙もある温かみのある音楽に聴こえるのが素晴らしい。

第2楽章は終結部の唐突な終わり方もあって纏めるのが難しい音楽であるが、バルビローリはテンポの緩急を駆使するなど巧みな至芸を披露している。

交響曲第5番については、とりわけ終楽章の有名な鐘の主題をこれほどまでに心を込めて美しく響かせた演奏は他にあるだろうか。

少なくとも、この極上の鐘の主題を聴くだけでも本名演の価値は極めて高いと言わざるを得ない。

もっとも、第1楽章の終結部において不自然に音量が弱くなるのだけが本演奏の欠点であり、ここの解釈は本演奏をLPで聴いて以来謎のままであるが、演奏全体の価値を減ずるほどの瑕疵ではないと考える。

交響曲第6番については、演奏の持つ清澄な美しさには出色のものがあり、その情感たっぷりの旋律の歌い方は、まさに「歌う英国紳士」の真骨頂とも言える至高・至純の美しさを誇っていると評価したい。

そして交響曲全集の白眉は何と言っても交響曲第7番ではないだろうか。

同曲の冒頭、そして終結部に登場する重層的な弦楽合奏の美しさは、まさに人間的な温もりと清澄さが同居する稀有の表現でありバルビローリのシベリウスの真骨頂。

本名演に唯一匹敵する存在であるカラヤン&ベルリン・フィルによる名演(1967年)における弦楽合奏も極上の絶対美を誇ってはいるが、その人間的な温もりにおいて本演奏の方を上位に掲げたい。

第2部から第3部への移行部に登場するホルンによる美しい合奏も、カラヤン盤をはじめ他の演奏ではトランペットの音に隠れてよく聴き取れないことが多いが、本演奏では、トランペットなどの他の楽器の音量を抑え、このホルン合奏を実に美しく響かせているのが素晴らしい。

第1部のトロンボーンソロはカラヤン盤がベストであり、さすがに本演奏もとてもカラヤン盤には敵わないが、それは高い次元での比較の問題であり本演奏に瑕疵があるわけではない。

もっとも、弦楽合奏のアンサンブルなどハレ管弦楽団の技量には問題がないとは言えないが、それでもこれだけの名演を堪能してくれたことに対して文句は言えまい。

併録の管弦楽の小品もいずれ劣らぬ名演であるが、劇付随音楽「ペレアスとメリザンド」や、現在単独では入手不可能な組曲「歴史的情景」からの抜粋、そして組曲「恋人」、そしてロマンスハ長調は貴重な存在である。

ハレ管弦楽団も部分的には弦楽合奏のアンサンブルなどにおいて若干の問題がないわけではないが、これだけの名演奏を繰り広げたことを考えれば文句は言えまい。

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classicalmusic at 06:29コメント(2)シベリウス | バルビローリ 

コメント一覧

1. Posted by 小島晶二   2022年08月29日 07:17
5 私にとってはシベリウスの素晴らしさを教えてくれた貴重な全集です。リマスターでグッと録音状態が向上しているので,シベリウスファンはまず聴いてみなければならない演奏だと思います。気候風土の類似性からかイングランドにはコリンズ,ビーチャム,C. デイヴィス,ギブソン,ラトルら北欧の音楽を得意にした指揮者が多いが,何と言ってもバルビローリの演奏は抒情的個性において出色だと感じます。仰る通り,確かに彼のシベリウスには温もりを感じさせる優しさが有り,清涼感や透明感に溢れた北欧の指揮者とは一線を画している様な気がします。交響曲だけではなく管弦楽曲も素晴らしい出来だと言えるでしょう。
2. Posted by 和田   2022年08月29日 07:25
バルビローリの演奏を聴く時、そこに南欧系の匂いを感じる人も少なくないでしょう。実際彼はロンドン生まれであっても、イタリア・ベネト州出身の家庭に育った指揮者で、彼のダイナミズムとリリカルな表現はラテン系指揮者の典型にも思えます。シベリウスは彼の熱い血の通った解釈が、北欧の作曲家の作品と意外にも相性が良いのに驚かされます。バルビローリにとってシベリウスは彼のライフ・ワークとなった作曲家です。彼は20代で初めてシベリウスの作品を指揮して以来、戦前ハイフェッツと協演したヴァイオリン協奏曲やSPレコードに録音された交響曲第2番はニューヨーク時代の成果ですし、戦後のハレ管弦楽団首席時代を通して1970年に亡くなる直前までシベリウスへの情熱を絶やすことがありませんでした。このオーケストラル・ワーク集はまさに彼の円熟期の総決算的な価値を持っています。彼の先輩に当たる英国人指揮者トーマス・ビーチャムやエイドリアン・ボールトにもシベリウスは非常に好まれたレパートリーだったようです。後期ロマン派の名残の濃い、あたかも時代から取り残された北欧のブルックナー的な作風は、一方で豊かな抒情、牧歌的な平穏や愛国心の高揚、渦巻くような情念のドラマティックな展開での金管楽器の咆哮などは、理屈抜きで聴衆を惹きつけてしまう魅力を持っているのも事実です。英国には数多くの優秀なオーケストラが群雄割拠していますが、マンチェスターではBBCフィルと双璧を成しているのがこのセットで全曲を演奏しているハレ管弦楽団で、19世紀半ばに設立された伝統あるオーケストラでもあり、この楽団の現在の音楽的な水準は1943年から70年まで首席指揮者だったバルビローリの貢献によって高められたとされています。確かに良く鍛え上げられたオーケストラで、この演奏でも潤沢で無理のない音量と色彩感、そして指揮者に従う機動力も充分なものを持っています。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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