2014年11月01日

バーンスタイン&ウィーン・フィルのマーラー:交響曲第6番「悲劇的」、亡き子をしのぶ歌


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



マーラーの「第6」は、マーラーの数ある交響曲の中でも少数派に属する、4楽章形式を踏襲した古典的な形式を維持する交響曲である。

「悲劇的」との愛称もつけられているが、起承転結もはっきりとしており、その内容の深さからして、マーラーの交響曲の総決算にして最高傑作でもある「第9」を予見させるものと言えるのかもしれない。

マーラーの交響曲には、様々な内容が盛り込まれてはいるが、その神髄は、死への恐怖と闘い、それと対置する生への憧憬と妄執である。

これは、「第2」〜「第4」のいわゆる角笛交響曲を除く交響曲においてほぼ当てはまると考えるが、とりわけ「第9」、そしてその前座をつとめる「第6」において顕著であると言えるだろう。

このような人生の重荷を背負ったような内容の交響曲になると、バーンスタインは、まさに水を得た魚のようにマーラー指揮者としての本領を発揮することになる。

本演奏におけるバーンスタインのアプローチは、他の交響曲と同様に濃厚さの極み。

テンポの緩急や強弱の変化、アッチェレランドなどを大胆に駆使し、これ以上は求め得ないようなドラマティックな表現を行っている。

それでいて、第3楽章などにおける情感の豊かさは美しさの極みであり、その音楽の表情の起伏の幅は桁外れに大きいものとなっている。

終楽章の畳み掛けていくような生命力溢れる力強い、そして壮絶な表現は、我々聴き手の肺腑を打つのに十分な圧巻の迫力を誇っている。

そして、素晴らしいのはウィーン・フィルの好パフォーマンスであり、バーンスタインの激情的とも言える壮絶な表現に、潤いと深みを加えるのに成功している点も高く評価したいと考える。

これだけの超名演であるにもかかわらず、影響力のあるとある高名な音楽評論家が、バーンスタインの体臭がしてしつこい演奏などと難癖をつけ、ノイマン&チェコ・フィル盤(1995年)や、あるいは数年前に発売され話題を呼んだプレートル&ウィーン交響楽団盤(1991年)をより上位の名演と評価している。

筆者としても、当該高名な評論家が推奨する2つの演奏が名演であることに異論を唱えるつもりは毛頭ない。

しかしながら、本盤に収められたバーンスタイン&ウィーン・フィルの超名演を、これら2つの演奏の下に置く考えには全く賛成できない。

マーラーの「第6」のような壮絶な人間のドラマを表現するには、バーンスタインのようなドラマティックで壮絶な表現こそが必要不可欠であり、バーンスタインの体臭がしようが、しつこい演奏であろうが、そのような些末なことは超名演の評価にいささかの瑕疵を与えるものではないと言えるのではないか。

むしろ、本超名演に匹敵し得るのは、咽頭がんを患った後、健康状態のいい時にのみコンサートを開催していたテンシュテット&ロンドン・フィルによる命がけの渾身の超名演(1991年)だけであり、他の演奏は、到底足元にも及ばないと考える。

併録の「亡き子をしのぶ歌」も超名演であり、バリトンのハンプソンの歌唱も最高のパフォーマンスを誇っていると高く評価したい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:58コメント(0)トラックバック(0)マーラー | バーンスタイン 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ