2014年11月03日

バーンスタイン&コンセルトヘボウのマーラー:交響曲第9番


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



バーンスタインは、マーラーの「第9」をビデオ作品も含め4度録音している。

ニューヨーク・フィル盤(1965年)、ウィーン・フィル盤(1970年代のDVD作品)、ベルリン・フィル盤(1979年)、そして本コンセルトヘボウ・アムステルダム盤(1985年)があり、オーケストラがそれぞれ異なっているのも興味深いところであるが、ダントツの名演は本盤であると考える。

それどころか、古今東西のマーラーの「第9」のあまたの演奏の中でもトップの座に君臨する至高の超名演と高く評価したい。

マーラーの「第9」は、まぎれもなくマーラーの最高傑作だけに、様々な指揮者によって数々の名演が成し遂げられてきたが、本盤はそもそも次元が異なっている。

まさに、本バーンスタイン盤こそは富士の山、他の指揮者による名演は並びの山と言ったところかもしれない。

これに肉薄する往年の名演として、ワルター&ウィーン・フィル盤(1938年)があり、オーパス蔵によって素晴らしい音質に復刻はされているが、当該盤は、多分に第2次世界大戦直前という時代背景が名演に伸し上げたと言った側面も否定できないのではないだろうか。

マーラーの「第9」は、マーラーの交響曲の総決算であるだけに、その神髄である死への恐怖と闘い、それと対置する生への妄執と憧憬がテーマと言えるが、これを、バーンスタイン以上に表現し得た指揮者は他にはいないのではないか。

第1楽章は、死への恐怖と闘いであるが、バーンスタインは、変幻自在のテンポ設定や思い切ったダイナミックレンジ、そして猛烈なアッチェレランドなどを大胆に駆使しており、その表現は壮絶の極みとさえ言える。

これほど聴き手の肺腑を打つ演奏は他には知らない。

第3楽章の死神のワルツも凄まじいの一言であり、特に終結部の荒れ狂ったような猛烈なアッチェレランドは圧巻のド迫力だ。

終楽章は、生への妄執と憧憬であるが、バーンスタインの表現は濃厚さの極み。

誰よりもゆったりとした急がないテンポにより、これ以上は求め得ないような彫りの深い表現で、マーラーの最晩年の心眼を鋭く抉り出す。

そして、このようなバーンスタインの壮絶な超名演に潤いと深みを付加させているのが、コンセルトヘボウ・アムステルダムによるいぶし銀の音色による極上の名演奏と言えるだろう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 20:57コメント(4)マーラー | バーンスタイン 

コメント一覧

1. Posted by Kasshini   2021年06月01日 02:15
こんばんは。マーラーの人物像は、マーラー 輝かしい日々と断ち切られた未来の影響が大きいため、バーンスタインの「死にとりつかれた作曲家の、現世への告別」と言う解釈はあまり好んではいません。その辺りはレヴァインをより好みます。
それはそれとして、メンゲルベルクゆかりのオケ、テンポの揺れさえもこのオケの伝統と合致していて、引きこまれずにはいられない素敵な演奏でした。この激しい揺れをマーラー交響曲第10番復元版全曲で聴きたかったです。10番はアダージョしかしないスタンスだったのは周知の通りで最晩年のバーンスタイン指揮でこのオケで10番アダージョだけでも。
2. Posted by 和田   2021年06月01日 11:06
Kasshiniさんは本当にコンセルトヘボウ管弦楽団が好きですね。ところでレヴァインによるマーラーの演奏には、バーンスタインやテンシュテットなどによるドラマティックで劇的な演奏にように、我々聴き手の肺腑を打つような奥行きの深さなどは薬にもしたくありませんが、マーラーの交響曲の美しさ、素晴らしさを安定した気持ちで心ゆくまで満喫させてくれるという意味においては、1980年以前に録音された演奏の中では、レヴァインの右に出るものはないのではないかと考えられます。ヤンソンスは第1〜8番までこのオケと録音済みですが、第9番の録音が待たれますね。バイエルン放送響でも良ければ既にありますが。
3. Posted by Kasshini   2021年06月03日 15:40
『ヴォルフガング・シャウフラー マーラーを語る 名指揮者29人へのインタビュー Book』を読むと、
メンゲルベルクに培われたRCOの伝統は、ナチス併合後、演奏不可になったことと亡命ユダヤ系奏者は戦後復帰しなかったためかなり伝統は失った、とハイティンクが述懐していたのが印象的です。彼の楽譜からアンサンブルをシャイー就任まで再構築したことは伺える一方。マーラー自身はメンゲルベルクとの相違がいくつかはあったこと等。メンゲルベルクの書き込みはアッバードに多大な影響を与えたこと。楽器のアーティキュレーションは明らかにRCO、特にを想定してたこと。
そう考えると、絶えず演奏していたという意味でマーラー演奏の伝統が1番ありそうなのがNYPでありそうなとこ。渡米後の作品はこの辺りも念頭に置いてるでしょうし。同時代作曲家の影響は、彼の作曲流儀に反さない範囲でフランス、アイブズら米国勢、ロシア北欧の影響も指揮から多々と。バーンスタインは、マーラーのユダヤ性を体現1番してるのはイスラエルフィルである等。
モントゥーがマーラーの指揮を好まなかったこと、またその指揮はセルのようにコンパクトで合理的でカリカチュアと真逆なこと。
アルマに始まり、マーラーには沢山のヴェールがありそうです( ´-` ).。oO
4. Posted by 和田   2021年06月03日 16:40
マーラーが生前、自作の最高の指揮者と認めていたのは愛弟子のワルターではなく、メンゲルベルクでした。メンゲルベルクもまたマーラー作品の熱烈な支持者であり、擁護者、推進者であることを誇りに思うという相思相愛の仲でした。メンゲルベルクはマーラーの、マーラーもまたメンゲルベルクの自作の演奏を誰よりも高く評価していました。コンセルトヘボウ管弦楽団のアンサンブルの強力さは、何より聖と俗がない交ぜになった音響がマーラーの本質とぴたりと重なります。徹底した訓練によって様式美にまで究められた表現、ポルタメントやテンポルバートの1つひとつに真実が宿っていて、まるで工芸品のように美しいマーラーがあります。コンドラシンがこのオケを指揮した第7番ライヴはご存知ですか?彼は比較的速めのテンポ設定で緊張感を逸することなく、テノール・ホルンやギター、マンドリン、カウベルなど通常のオーケストラでは使われない楽器にも雄弁に語らせる色彩感覚にも優れた手腕を示しています。そこにはダイナミズムの絶妙なバランスも窺わせています。至るところに現れるヴァイオリン、ウィンド、ブラス及びパーカッション・セクションのソロの部分ではコンセルトヘボウ管弦楽団の首席奏者達の面目躍如で、そのサウンドは決して派手ではないにしても伝統の重みと余裕を感じさせているのは流石です。

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ