2015年01月11日

ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルのショスタコーヴィチ:交響曲第5番(1966年ライヴ)、他


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ショスタコーヴィチの交響曲第5番は、ムラヴィンスキーにより初演された(1937年)。

彼はその翌年にレニングラード・フィル(現サンクト・ペテルブルク・フィル)の首席指揮者に就任するが、以来ショスタコーヴィチのほとんどの作品は彼の手によって世に送り出されている。

ムラヴィンスキーは、生涯をかけて何百回となくこのロシアの大地の匂いを感じさせる交響曲をとりあげてきた。

それに併せて、数多くの録音が遺され、いずれ劣らぬ名演であるが、演奏や録音の両方を兼ね備えた名演としては、本盤と来日公演での演奏ということになるのではないかと考える。

ムラヴィンスキーの自信と余裕が感じられ、特に全体に漲る迫力と緊張感は彼ならではのもの。

しかも彼の独裁的なオーケストラ統治のおかげで、その解釈表現は頑強に保たれることになった。

一言で言えば、襟を正したくなるような厳しい演奏で、一切の無駄を省き、一分の隙もない引き締まった彫琢をみせる。

この演奏もまさに完璧の一言で、ムラヴィンスキーらしい聴いていて恐ろしくなるほどの異様な緊張感と迫力で一気に聴かせる。

これを聴いていると、あの冷戦時代の緊張感、そしてショスタコーヴィチの苦悩が再現されるような思いにかられる。

ムラヴィンスキーの演奏を聴いていると、ショスタコーヴィチの演奏の王道は、今では偽書ととされているものの、『ショスタコーヴィチの証言』が何と言おうが、初演者であるムラヴィンスキー以外の演奏ではあり得ないと痛感させられる。

世評では、バーンスタインの演奏の評価が高いが、あのような外面的な効果を狙っただけの演奏では、ショスタコーヴィチの交響曲の本質を表現することはできないと考える。

ソヴィエト連邦、しかも独裁者スターリンの時代という、現代で言えば北朝鮮に酷似した恐怖の時代。

この恐怖の時代をともに生きた者でないとわからない何かが、この交響曲には内包されているはずで、ムラヴィンスキーの名演も、外面的な効果ではバーンスタインの演奏などには一歩譲るが、神々しいまでの深遠さにおいては、他の演奏が束になってもかなわない至高・至純の次元に達している。

ムラヴィンスキーの統率の下、レニングラード・フィルの鉄壁なアンサンブルも凄い。

ホルンのブヤノフスキーやフルートのアレクサンドラ夫人の巧さも際立っており、第2楽章のコントラバスの重量感溢れる合奏も凄まじい迫力である。

いずれにせよ円熟期にあったムラヴィンスキーの至芸が心ゆくまで味わえる素晴らしい名演奏には違いない。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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