2015年01月15日

ポリーニのシューベルト:ピアノ・ソナタ第19-21番、他


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シューベルトの最後の3つのピアノ・ソナタは、ブルックナーの交響曲第7〜9番やマーラーの交響曲第9番などにも匹敵する至高の巨峰である。

31歳という若さでこの世と別れなければならなかったシューベルトの内面の深い死との葛藤や、生への妄執や憧憬が表れていると思うからだ(ブルックナーの交響曲については、神への崇高な畏敬などやや異なる面もあると思われるが)。

したがって、これら3曲を演奏する際には、演奏者側にも単なる技量ではなく、楽曲への深い洞察力と理解が求められると言えるだろう。

本盤のポリー二の演奏については、技量という意味においてはほとんど問題はない。

この作品をレコーディングするにあたり、ポリーニは、肉筆原稿(おそらく初版)にまで目を通した上で臨んでいる。

シューマンについてもそうだが、できるだけ作曲家の最初のインスピレーションを重要視していることがうかがえるところであり、単なる繰り返しと思いきや、微細な違いにも気を行き渡らせている。

他の作曲家の諸曲においてもそうであるが、研ぎ澄まされた技量や、透明感溢れる明晰なタッチによって、楽曲を一点の曇りもなくダイレクトに表現することにおいては、他のピアニストに比肩する者はいないのではないかと思う。

シューベルトのピアノ・ソナタはどれも演奏時間が長く、演奏の内容次第では途中で飽きてしまう可能性もあるが、ここに聴かれるポリー二の演奏は、弱〜中〜強音すべてが美しく、速いパッセージでも決して乱れることのないテクニックと相俟って、決して聴く者を飽きさせない。

また、決して中弛みしないいつもながらの集中力もさすがと言うべきで、構成の弱さを指摘されるシューベルトのピアノ・ソナタだが、ポリーニは一点の曇りもなく明晰に描き切っている。

しかし、シューベルトの後期3大ピアノ・ソナタの場合はそれだけでは不十分だ。

例えば第21番に目を向けると、第1楽章の低音のトリル。

ポリーニは楽譜に忠実に描いてはいるが、そこには深みとか凄みが全く感じられない。

例えば、内田光子やリヒテルなどの地底から響いてくるような不気味な弾き方と比較すると、浅薄さがあらわになってしまう。

終楽章の死神のワルツも、内田光子の後ろ髪を引かれるような弾き方に比べると、表層を取り繕っただけの底の浅さが明確だ。

本盤は、ポリーニの欠点が露呈しまった凡演であるが、本盤の録音されたのは今から約25年前。

彼がその後どれだけ成長したのか興味は尽きず、再録音を大いに望みたい。

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コメント一覧

1. Posted by マツモトノブマサ   2017年06月26日 12:50
cdを手に入れる時に、クラシック音楽ぶった切りの評は必ずといってよいほど参考にします。。私の好みとずれること殆どありませんので信頼して読んでるファンの一人です。
 今日お訪ねしたのはポリーニのシューベルトの後期三大ソナタの評についてです。質問はポリーニの凡演と断じた評が後段でポリーニの深み、進化への言及に変わっているが説明がないので私のなかで消化不良となっております。ポリーニは私と一つ違いの一月生まれ、ショパンコンクールに優勝した時からの根っからのファンです。たとえばベートーベンの後期三大ソナタなど巷の悪評にもかかわらず私にとっては、とっておきの一枚として愛聴するものです。本件のシューベルトの三大ソナタについては御説のとおり一聴したところ指まかせに弾いている感があり深みにかけると感じる面もありますが、本日市川海老蔵の奥様の訃報に接しテレビをみながら、この夫婦のあまりに痛ましい姿に胸をうたれながら改めて21番を聴きました。死の悲しみの中にあってかすかな生への希望、なぐさめのことば、そして別れのことばの痛切さ、涙、それらがポリーニの演奏にすべて表現されていると感じたところです。まさに名演ではないでしょうか。2017年6月25日
2. Posted by 和田   2017年06月26日 18:42
マツモトノブマサさん、コメントありがとうございます。
小林麻央さんの逝去、謹んでご冥福をお祈り致します。
彼女を追悼する音楽としてシューベルトの最後のピアノ・ソナタをお聴きになられたとの事、若くしてこの世を去らなければならなかった両者の心情、通じるところがありますね。
選ばれたCDがポリーニ盤であることに私がとやかく申し上げる筋合いがないのは百も承知です。
ポリーニの演奏をさすがと思う人、これで充分と思う人も多いでしょうが、例えば内田光子に比べると音楽の追究度が弱く、悲しさがムード的に陥りがちのように思います。
ポリーニはシューベルトの暗い、寂寞たる魂よりもピアニズムを感じさせるのが、いささか楽天的ではないでしょうか。
私は決してポリーニを嫌いな訳ではなく、最近発売されたショパンの後期作品をまとめたCDはこれまでになかったアプローチで、演奏も懐が深く、現在の彼がもしシューベルトを再録音すれば(おそらくしないでしょうが)さぞかし…との思いに至るのです。

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Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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