2015年02月03日

ハイティンク&コンセルトヘボウのショスタコーヴィチ:交響曲第5番、他


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ショスタコーヴィチは、間違いなく20世紀を代表する作曲家であり、今後益々評価は高まっていくだろう。

特に「第5」は、ポピュラーな作品だけに、ロジンスキーの歴史的名盤以来、個性溢れる演奏が目白押しである。

ハイティンクの名は、一般には平凡、無個性の代名詞のように認識されている。

確かに、ブルックナー、マーラー、それを聴いても、魂の底光りが感じられないことが多い。

しかし、理由は不明だが、ショスタコーヴィチにはそれがあるのだ。

一聴すると、オーケストラを無理なく鳴らすだけの浅薄な演奏に聴こえなくもないが、コンセルトヘボウの豊穣な響きでもって、充実しきった演奏を繰り広げる。

ただそれだけなのに感動がある。

そこに、土臭い「ロシア訛り」のないことが幸いして、ショスタコーヴィチの理知的な面に光が当たるからなのか。

本盤の「第5」は、1982年に録音されているが、ハイティンクのディスクに接するに当たって、この年代は記憶しておいていい。

指揮者ハイティンクは、ずいぶんと早い時期からレコーディングを行なってきているが、必ずしもコンスタントに名盤・秀盤を送り出してきたというわけではない。

もうひとつ注文がつくところがあるなぁ、と思わせるのもいくつかあった。

とりわけ、その傾向は1960年代、70年代において強い。

ところが、その彼が80年代を迎える頃あたりから急速に充実、成熟し、出るディスク、出るディスク、いずれも中身が濃い音楽を聴かせてくれるようになっていった。

この「第5」は、そうした傾向を端的に象徴する1枚と言えよう(同じ時期に完成されたショスタコーヴィチの交響曲全集にも、当然同じことが指摘できる)。

重心の低い、しかも柔軟性のある音楽性が、ここでもたいそう効果的である。

「第5交響曲で扱われている主題は誰にも明白である。あれは《ボリス・ゴドゥノフ》の場合と同様、強制された歓喜なのだ」。

ヴォルコフの『ショスタコーヴィチの証言』が作曲者の肉声を伝えていることを前提にしての感想であるが、定評ある名盤が居並ぶなかでハイティンクの演奏が一際光彩を放つのは、彼がオペラ指揮者として、オーケストラによる情景描写、心理描写に優れた技量を備えていることと無関係ではないと思う。

『証言』以来、特にこの曲は聴く側にもいろいろと変化をもたらしたが、あくまでもスコアに則ったハイティンクの演奏は、作品のもつ劇的な性格や音響美など、すべてにおいて最もバランスのよい表現であり、まだ新鮮さを失っていない。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:48コメント(0)トラックバック(0)ショスタコーヴィチ | ハイティンク 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ