2016年03月29日

セル&ロンドン響のヘンデル:「水上の音楽」「王宮の花火の音楽」「ラルゴ」ほか


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ジョージ・セルと言えばクリーヴランド管弦楽団であるが、他のオーケストラでもいくつか名盤と言われるものを残しており、その1つがこれ。

演奏芸術の世界は、表現の手法も含めて古楽器(オリジナル楽器)というジャンルと、現代楽器というジャンルと二手に分かれてしまった感がある「今」だが、古楽器の時代の音楽を現代の編曲術を駆使し普通の楽器で演奏する、ということの重大な意味を思い知らされた1枚。

ヘンデルのようなバロック音楽を、大オーケストラを指揮して演奏するというのは、もはや随分と過去の時代のもののように思うが、本盤のような名演に接すると、現代の古楽器奏法や古楽器演奏などというものが、実に小賢しく感じる。

弦楽器なんて何プルトあるんだと言いたくなるくらい厚い音であり、古楽器全盛の現代では考えられない録音で、時代考証的には絶対に間違った演奏であろう。

でもたとえば、《王宮の花火の音楽》の「序曲」後半における躍動感、この心弾むような気分こそ、ヘンデルが表現したかったものではないだろうか。

本盤が録音された1960年代前半というのは、セルの全盛時代であり、手兵のクリーヴランド管弦楽団とは、「セルの楽器」とも称されるような精緻な演奏が信条であった。

しかし、ロンドン交響楽団を指揮した本演奏では、むしろ、豊穣にして豪壮華麗なオーケストラの響きをベースとした温もりのある名演と言った趣きがする。

こういう演奏に接すると、セルは、特にクリーヴランド管弦楽団以外のオーケストラを指揮する場合には、冷徹な完全主義者という定評を覆すような、柔軟にして温かい演奏も繰り広げていたことがよくわかる。

音楽を聴く楽しみは、何と言ってもその演奏を聴いて、自分が心から感動するところにあるだろうし、その音楽の流れと自分とが1つになる経験をするということだ。

音楽の様式がどうのこうの、時代考証がああだこうだというのはその次に来るべき問題である。

このセルのヘンデルを様式や時代考証の点から否定するのは簡単であるが、だからといって多くの人から支持されてきたこの名演に対してダメだしすることは短慮である。

専門の音楽学者でもない素人が、しかし本当に心からクラシック音楽を愛する者が、いい音楽だという演奏はやはり素晴らしいものがあるのだろうし、筆者も実際聴いてみて引き込まれた。

これは、偉大な表現であることに間違いはなく、表現もかえって斬新。

録音もオリジナルテープからの復刻で鮮明である。

ただ、バロックを愛する者としては、ガーディナーやピノックなどの古楽器による(パイヤールやマリナーによる現代楽器によるものでもいいが)名演を聴いて、なおかつ余裕があればこういう演奏も聴いてほしいと思う。

そうするほうが、この厳格さの中に人間臭さを漂わせた大指揮者のヘンデルの良さもよりはっきりとわかると思う。

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classicalmusic at 23:48コメント(0)トラックバック(0)ヘンデル | セル 

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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