2015年02月14日

インバル&フランクフルト放送響のブルックナー:交響曲第8番(初稿)


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「第7交響曲」の空前の大成功によって、生涯最高の美酒に酔いしれたブルックナーが、きわめて良好な精神状態で、自信を持って書き上げた「第8」の初稿は、ハ短調という悲劇的な調性を感じさせない、実に晴朗で、伸びやかな作品であった。

ブルックナーにとっての悲劇は、この自信満々の新作を「最良の理解者」と信じ、初演を託していた指揮者レヴィに「演奏不能」と拒絶されたことだ。

ブルックナーが再び自信を喪失、精神状態に不安をきたし、当の「第8」のほか、「第3」や「第1」の価値の薄い改訂(「第3」については異論もあろうが)にまで手を染めて、ついには「第9」が未完成に終わってしまったことはブルックナー愛好者によく知られる痛恨事である。

しかし、仮にレヴィが「これは素晴らしい!」という度量を見せて、このままの形で初演していたとしたら、後にリヒターが行った改訂版での初演ほどの成功を収め得たかどうかは誰にも分からない。

確かに、この初稿は途方もなく伸びやかで斬新なため、一般の聴衆にはつかみどころがなく、受け入れられなかったかも知れないからだ。

改訂により作品の本質を「喜劇から悲劇へ」と転換させながら、ブルックナーはより求道性を高め、響きを深淵にした。

特に、第1楽章、初稿が華々しいファンファーレで終わるのに対し、改訂稿は弦のピアニッシモで終わる。

このことによって、悲劇に始まり勝利に終わるという全曲を一貫するプログラムで出来上がったことが、初演成功の大きな要因であったと思われる。

では初稿は、決定稿への踏み台に過ぎなかったのかというと、そうではなく、初稿は初稿で、まことに清新な音の大モニュメントなのである。

繰り返しになるが、「第7」成功の自信に溢れたブルックナーの書いた最も幸福な作品と言っても良く、ことに第3楽章は「天上の音楽」そのものである。

さて、悲劇的な宿命を負った美しい初稿が初めてレコードとなったのは、ここに取り上げるインバル&フランクフルト放送響による演奏である。

多くの音楽愛好家の注目を集めたのは言うまでもなく、初めて耳にしたときの新鮮な感動は今でもよく覚えている。

今、改めて聴き直してみて、インバル盤の水準の高さを認めたいと思う。

速めのテンポと引き締まったサウンドにより、初稿らしい爽やかな演奏になっているからである。

ただし、インバルは本質的にはブルックナー向きの指揮者ではないのではないか。

「第3」「第4」といった初稿の演奏が成功している割には、残りのナンバーの感銘度がいまひとつなことからも、それが伺える。

オーケストラの響きを開放するよりは凝縮する方向に向かわせるため、ブルックナーを聴く醍醐味が減ってしまうからであろう。

ベームほどの熟達と情熱があれば、それもカバーできるのであるが、そこまでの技と心がインバルには用意されていないのである。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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