2015年03月10日

マーツァル&チェコ・フィルのブラームス:交響曲第4番[SACD]


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全体的に、マーツァルとしては今一つの出来と言わざるを得ない。

チェコ・フィルの音色と楽曲がとてもよく合った美演であり、実に美しい演奏ということは言えるのではないかと思う。

しかし、ブラームスの「第4」は、果たして、このように美しいだけの演奏でいいのであろうか。

第1楽章は思い入れたっぷりに曲が進んで行くし、残りの3楽章も淡々とはせず、音色が何とも美しく、多彩な音色を引き出しているマーツァルは素晴らしい指揮者には違いない。

マーツァルは、オーケストラを無理なくバランスよく鳴らすことにおいては抜群の才能を発揮する指揮者であり、チェコ・フィルの圧倒的な技量や中欧のオーケストラならではのしっとりとした美音も相俟って、このような美演となったのであると思われる。

いわゆるドイツ正統派の名演とは異なり、マーツァルの演奏は、むしろ柔和なイメージであるが、軟弱な演奏かというとそうではない。

ブラームスの音楽の美しさを、オーケストラを無理なく鳴らすことによって、優美に仕立て上げるというマーツァル得意の名人芸が繰り広げられているのだ。

但し、それ故に、曲によって相性の良さが分かれる結果となっており、ブラームスの「第1」は、美しさと重厚さを併せ持ったなかなかの名演であると思ったが、この「第4」はいかにも軽量級の演奏だ。

美しくはあるが、どこかうわべだけの綺麗さといった趣きであり、ブラームスの交響曲の演奏に必要不可欠な重量感が大いに不足している。

つまり、今一つ楽曲への踏み込みが足りないのではないかと考えられるところであり、決して、凡演とは言えないが、マーツァルならば、もう一段上の彫りの深い演奏を行うことができたのではないだろうか。

要するに、本演奏は、いかにも内容に乏しいのである。

表面だけをなぞっただけの浅薄な演奏では、「第1」などでは問題点が表面化することはなかったとも言えるが、ブラームスの交響曲中、最も内容の深い「第4」については、とても水準以上の演奏を成し遂げることはできないということなのだと思う。

エクストンによる自然で心地よく量感豊かな優れたSACDによる極上の高音質録音が、ただただ虚しく聴こえるのも実に悲しい限りだ。

マーツァルは、マーラーやチャイコフスキー、ドヴォルザークでは、美しいだけではなく、盛り上がるところは自然に盛り上がり、心の内が熱くなるのを禁じえない感動があったと言えるところであり、筆者にとっては聴き込めば聴き込むほどに愛すべき宝物になったとも言えたところだ。

このような数々の素晴らしい名演を成し遂げているのに、ブラームスのようなドイツ正統派の音楽は、マーツァルには荷が重いのであろうか。

マーツァルならば、もっといい演奏が出来るのではないかと考えられるところであり、才能がある指揮者だけに、更なる自己研鑽が必要ということなのかもしれない。

チェコ・フィルは、見事な演奏を繰り広げており、とりわけ、中欧のオーケストラならではのしっとりとした美音が、演奏全体に適度の潤いと温もりを与えている点を忘れてはならない。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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