2015年03月10日

シューリヒト&フランス国立管のマーラー:交響曲第2番「復活」/「さすらう若人の歌」


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シューリヒトのINA音源シリーズを聴き“本当に生きた音楽”に接したという感激で一杯になった。

その中でも特に本盤を最上としても差し支えなく、このような崇高にして感動的なマーラーの「第2」を前にしては、ただただ首を垂れるのみである。

シューリヒトは、特に晩年、ブルックナーにおいて神がかり的な名演を遺したせいか、ブルックナー指揮者のイメージがどうしても強いが、平林氏の丁寧なライナーを読むと、実は、マーラーを得意とした指揮者であったとのことである。

さらに、シューリヒトは1910年9月にミュンヘンでマーラー自身の指揮による交響曲第8番を聴き心から感銘を受けたとある。

しかも3年後にはその曲をホームグラウンドであるヴィースバーデンで自ら指揮したということである。

その他でも、シューリヒトには、コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮した壮絶な「大地の歌」などもあり、マーラーの作品には深い思い入れがあるようだ。

本盤は、1958年の録音であるが、この時代には、マーラー指揮者として名を馳せたバーンスタインやショルティの全集なども完成しておらず、20世紀後半に訪れるマーラーブームなど予測できなかった時期である。

マーラー直系の弟子であるワルターやクレンペラーの演奏が幅を利かせた時代である。

このような時期に、メンゲルベルクは別格として、独墺系の指揮者がほとんど見向きもしなかったマーラーに果敢に挑戦したシューリヒトのマーラーへの深い愛着と、来るべき時代への先見性を高く評価するべきであろう。

この「第2」は、冒頭に記したように、マーラーを得意としたシューリヒトならではの崇高にして感動的な名演だ。

70代も半ばというのに満ち溢れんばかり情熱は驚異的であり、このシューリヒトの演奏は本当に心が躍るものである。

シューリヒトの指揮では、奏者が感情と理性とを生き生きとしかも惜しみなく発揮している感じがして、まるで清らかに迸る泉のようである。

どの楽章も聴きどころ満載であるが、特に、第2楽章の美しさなど出色で、何とロマンティックな演奏であろうか。

このような「第2」は初めて耳にするが、ブルックナーやベートーヴェンの演奏とも相通ずるものが感じられ、これこそまさにシューリヒトの至芸であろう。

第4、終楽章など、こんなに覇気があり、しかもしなやかな美しさに溢れた例は希有と言えよう。

特に、終楽章の合唱の高揚感は全身に震えが来るほどで、シューリヒトは合唱の扱いが本当に素晴らしいのであるが、そのよさがここでも十全に発揮されている。

終楽章の終結部の壮麗な合唱の直前に一瞬のゲネラルパウゼがあるが、これなども実に効果的だ。

こういうところを聴くにつけ、シューリヒトがいかにマーラーを愛し、深く理解していたのかがわかるというものだ。

マーラーを聴き込み、シューリヒトの他の演奏を聴き込んだリスナーには、大きな感動を味わえるのではなかろうか。

シューリヒトファンにとっても、単なる歴史的録音、資料的な価値にとどまらず、かけがえのない遺産と言っても過言ではない。

「さすらう若人の歌」も名演であり、録音も、1950年代後半のライヴ録音としては、かなり高いレベルにある。

この演奏とシュトゥットガルトのものは、颯爽としてどちらも楽しめるが、この盤は一層音質の抜けが良い。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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