2017年02月05日
ベーム&ウィーン・フィルのブラームス:交響曲第3番、第4番
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円熟の極みにあったベームの指揮と、ウィーン・フィルの伝統のある響きと卓越した表現力が一体化した名盤。
男性的ともいえる雄渾な楽想とともに、限りない憧憬を秘めた第3楽章が映画音楽に使われた交響曲第3番と、哀愁感や情感を存分に湛え内省的で諦観に満ちた、作曲家晩年の枯淡の境地を示す交響曲第4番を収録。
ベームのブラームスと言えば、「第1」にはベルリン・フィルとの旧盤(1959年スタジオ録音)、ウィーン・フィルとの来日公演のライヴ録音(1975年)があり、「第2」にもベルリン・フィルとの旧盤(1956年スタジオ録音)、ウィーン・フィルとの来日公演のライヴ(1977年)が存在する。
しかし「第3」と「第4」にはそのような競合盤が存在せず、本盤がそれぞれのベームの代表盤と言うことができる。
遅いテンポで悠然と進むなかにも緊張感がみなぎっていて、ベームの録音のなかでも高い評価を得ているもののひとつ。
ブラームスとベームの相性は抜群だと思う。
ブラームスの渋い芸風が、これまたベームの華やかさと無縁の芸風と見事に符合し、ブラームス演奏のひとつの規範とも言えるオーソドックスな演奏に仕上がっている。
近年のブラームスの交響曲で、最も規範とされているに違いない充実の名演と言えるところであり、月並みな言い方だが、まさに両曲とも最高の意味でのオーソドックスという言葉が相応しい。
十分に力強くありながら、同時に柔軟でもあり、情に流されることがなく、構造美への志向が高い。
それは、ただ見事というだけでなく、ここに暖かな人間の血が通っているのであり、晩年のベームと伝統のウィーン・フィルの美質がしっかり刻まれていて、全体としてブラームスの交響曲の魅力を大いに味わわせてくれる。
ベームには、この曲をこのように料理してやろうと言う恣意的な解釈は皆無であり、こうしたベームの自然体のアプローチが、ブラームスの芸術の真の魅力を存分に満喫させてくれるのである。
特に「第4」は、この曲の真髄を突いた最高級の表現であり、そのようなベームとブラームスの相性の良さを感じさせる名演だと思う。
こうした構造の精緻な音楽はベームも最も得意とするところだが、録音当時80歳、寂寥感とか哀愁を感じさせるところが少なくない。
中庸のテンポで、決して奇を衒うことなくオーソドックスな演奏をしているが、平板さや冗長さは皆無であり、ブラームスの音楽の素晴らしさ、美しさ、更には、晩年のブラームスならではの人生のわびしさ、諦観などがダイレクトに伝わってくる。
ベームは、その自伝に著しているように、造型を大切にする指揮者であるが、凝縮度は壮年期に比して衰えは見られるものの、全体の造型にはいささかの揺るぎもみられない。
一方、「第3」は、まとめるのがなかなか難しい曲だけに、「第4」ほどの名演ではないと思うが、全篇ゆったりと恰幅の良いテンポに、中身がぎっしり詰まっている。
第2楽章の濃厚な歌はまるで夢うつつの天国的気分、第3楽章には枯れた味わいなど、いかにも晩年のベームならではの至芸を味わうことができるが、それでいて、両端楽章の地を抉るような深いリズムなど一瞬たりとも集中の途切れることがない。
それにしても、この頃(1970年半ば)のウィーン・フィルは音の厚みとともに合奏が途轍もなく強力だ。
1950年代後半から1960年代初頭にかけての絶頂期以来、もうひとつの頂点にあったのではないだろうか。
セッションだけあって盛り上がりはいまひとつとも言えるかもしれないし、ライヴなら全体として、もっと燃え立った表現になっていると思われるが、それを補って余りある緻密で味の濃い演奏は、LP時代から未だに離れられないでいる。
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