2015年05月20日

フルトヴェングラー&フィルハーモニア管のベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」(1954年ライヴ)[SACD]


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フルトヴェングラーの代名詞と言えば、ベートーヴェンの交響曲であるが、9曲ある交響曲の中でも第1番を除くいわゆる奇数番の交響曲については、自他ともに認める十八番であったと言えるだろう。

それら4曲の交響曲については、かなりの点数の録音が遺されているのも特徴であり、近年になっても新発見の録音が発掘されたり、あるいはより音質のより音源の発見、さらにはSACD化などの高音質化が図られるなど、フルトヴェングラーの指揮芸術に対する関心は、没後50年以上が経っても今なお衰えの兆しが一向に見られないところだ。

フルトヴェングラーによるベートーヴェンの交響曲第9番の名演としては、諸説はあると思うが、これまでのところ、レコード史上不滅の金字塔と言われるバイロイト祝祭管弦楽団とのライヴ録音(1951年)、大戦中のベルリン・フィルとのライヴ録音(1942年)、円熟期のウィーン・フィルとのライヴ録音(1952年)が3強を形成していたと言える。

もちろん、これら3つの演奏自体が圧倒的な素晴らしさを誇っているのであるが、それ以上に、これらの名演についてはSACD化が図られているというのも大きいと言えるのではないだろうか。

フルトヴェングラーの録音は、演奏が素晴らしくても音質が良くないというのが定評であり、逆に、これまであまり評価が高くなかった演奏がSACD化によって、高評価を勝ち取ることもあり得るところである(例えば、1947年5月25日のベートーヴェンの交響曲第5番、第6番「田園」のライヴ録音)。

本盤に収められた1954年の交響曲第9番についても、先般のSACD化によって、そのような可能性を秘めた名演と言えるだろう。

これまで、とりわけトゥッティにおいて音が団子状態になったり、不鮮明で聴き取りにくい箇所が極めて多かったのが大幅に解消され、前述のバイロイト盤、ベルリン盤、ウィーン盤にも十分に対抗できるような良好な音質に生まれ変わった意義は、極めて大きいことである。

本演奏は、フルトヴェングラー最晩年のものであるが、それだけに最円熟期のフルトヴェングラーによる至高の指揮芸術を、これまでとは違った良好な音質で堪能することができるようのなったのは実に素晴らしいことと言えるだろう。

第1楽章冒頭の他の指揮者の演奏の追随を許さない深遠さ、その後のとても人間業とは思えないような彫りの深さ、第3楽章の誰よりもゆったりしたテンポによる演奏の神々しいまでの崇高さ、そして終楽章のドラマティックな表現など、フルトヴェングラーだけに可能な至芸は、我々聴き手の深い感動を誘うのに十分である。

オーケストラはフィルハーモニア管弦楽団であるが、寄せ集めのバイロイト祝祭管弦楽団よりも遥かに実力が上であることも大きなアドバンテージであると言えるところであり、ホルンがデニス・ブレインであることも聴きものである。

いずれにしても、SACD化によって、これまでとは格段に良好な音質に生まれ変わるに至った本盤の演奏は、バイロイト盤、ベルリン盤、ウィーン盤とともに4強の一角を占めるとも言うべき至高の超名演に位置づけられることになったと言えるところであり、本SACD盤が廃盤にならないことを願うのみである。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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