2015年05月28日

フルトヴェングラー&ウィーン・フィルのベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」(1944年ライヴ)[SACD]


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



一時は絶滅の危機に瀕したSACDが息を吹き返しつつある。

SACDから撤退していたユニバーサルが2010年よりSACDの発売を再開するとともに、2011年になってついにEMIがSACDの発売を開始したからだ。

2009末にESOTERICから発売されたショルティ&ウィーン・フィルによるワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」のSACD盤が飛ぶように売れたことからもわかるように、ガラスCDのような常識を外れた価格でさえなければ、少々高額であっても、かつての良質のアナログLPにも比肩し得る高音質のSACDは売れるのである。

最近は、オクタヴィアがややSACDに及び腰になりつつあるのは問題であるが、いずれにしても、大手メーカーによる昨年来のSACD発売の動きに対しては大きな拍手を送りたいと考えている。

そして、今般、ターラレーベルがフルトヴェングラーの過去の遺産のSACD化を開始したということは、SACDの更なる普及を促進するものとして大いに歓迎したい。

ターラレーベルからは、既にフルトヴェングラー&フィルハーモニア管弦楽団によるベートーヴェンの交響曲第9番(1954年)がSACD化されている(既にレビュー投稿済み)ので、本盤に収められたいわゆる「ウラニアのエロイカ」は、ターラレーベルによるSACD第2弾ということになる。

フルトヴェングラーによる「エロイカ」については、かなり多くの録音が遺されており、音質面を考慮に入れなければいずれ劣らぬ名演であると言えるが、最高峰の名演は本盤に収められた「ウラニアのエロイカ」(1944年)と1952年のスタジオ録音であるというのは論を待たないところだ。

1952年盤が荘重なインテンポによる彫りの深い名演であるのに対して、本盤の演奏は、いかにも実演のフルトヴェングラーならではのドラマティックな名演であると言える。

第1楽章からして、緩急自在のテンポ設定や思い切った強弱の変化、そして大胆なアッチェレランドを駆使するなど、これ以上は求め得ないようなドラマティックな表現を展開している。

第2楽章の情感のこもった歌い方には底知れぬ深みを感じさせるし、終楽章の終結部に向けて畳み掛けていくような気迫や強靭な生命力は、我々聴き手の肺腑を打つだけの圧倒的な迫力を誇っている。

このように、本演奏と1952年盤は同じ指揮者による演奏とは思えないような対照的な名演であると言えるが、音楽の内容の精神的な深みを徹底して追求していこうというアプローチにおいては共通している。

ただ、音質が今一つ良くないのがフルトヴェングラーの「エロイカ」の最大の問題であったのだが、1952年盤については2011年1月、EMIがSACD化を行ったことによって信じ難いような良好な音質に蘇ったところであり、長年の渇きが癒されることになった。

他方、本演奏については、これまではオーパスによる復刻盤がベストの音質であったが、1952年盤がSACD化された今となっては、とても満足できる音質とは言い難いものがあった。

ところが、今般のターラレーベルによるSACD化によって、さすがに1952年盤ほどではないものの、オーパスなどのこれまでの復刻CDとは次元の異なる良好な音質に生まれ変わったと言える。

いずれにしても、「ウラニアのエロイカ」をこのような高音質SACDで聴くことができる喜びを大いに噛み締めたい。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 22:42コメント(0)トラックバック(0)ベートーヴェン | フルトヴェングラー 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
メルマガ登録・解除
 

Profile

classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ